第7話『条約改正で侍も大変』

「──何故、あなたもついて来るのですか、風馬さん?」

「俺の事は気にせんでくれ。あくまでも怪異があった時に即座に動けるように気を張っているだけだから」

「・・・ふむ。では、今回はお二人の為になる事を教えて差し上げるとしましょう」

「は~い!」


 無邪気な小学生のように元気よく返事をする光癒を尻目に風馬は部屋の片隅で目を閉じ、刀を手に瞑想する。


「ちょっと風馬さん。あなたにも関係ない話ですよ。きちんと聞いて下さいませ」

「・・・風馬さん、お腹いっぱいで眠いの?」

「いや、聞いているし、眠っている訳じゃないよ。主君の片隅に座して控えるのも侍の務めなだけだから」


 そう風馬が返答すると沙織里が「そこからですか」と何か考え込む。


「どうやら、風馬さんは侍の主君の護衛定義が改正されたのをご存知ではないようですね?」

「・・・え?いまって違うの?」

「ええ。やはり、ご存知ないのですね。昨今の侍は主君の盗撮などの所謂、バカッタレーによるネットタトゥーの被害が多く存在するので令和4年──つまり、去年から主君護衛定義が話題になりましたのよ。

 例えばですが、いまの状況のように異性の主君に必要以上について廻るのも主君に対して信頼関係の問題視──或いは普通にストーカー罪になりますわよ」

「そうなのか・・・それは知らなかったな」

「まだ新しい改正案ですから浸透に時間が掛かっているのでしょう。光癒ちゃんが主君でなかったら即座に切腹解雇モノだたかも知れないですわよ」


 切腹解雇。それは侍にとって最も避けたい解雇の仕方である。

 無論、江戸初期のように本当に腹を切るのではなく、切腹解雇と言う一覧に記載される。

 これをされた侍は侍としての仕事を後々も出来ず、再就職などで侍をする事が不可能になる。なので今の風馬の状況も宜しくない事になる。


「流石にそう言う事なら出ていくよ」

「お待ちを風馬さん。侍の有無を決めるのは主君が決める事ですわ。勝手に離席するのも良くありませんのよ」

「そうなのか。難しいなあ」

「ええ。主君の選択幅が増えましたが、侍には些か不利な定義ですわ。ですので新たに侍の主君護衛定義第3条が代わりに改正されてます。侍は主君が判断上、護衛を必要としない判断を下した場合、非常事態に陥った際は自己責任となる。この場合、主君を守れなかったとしても侍は切腹解雇にはなりませんわ」

「へえ。勉強になるなあ」

「──と言う訳で光癒ちゃんはどうしますの?」

「ふぇっ?」


 急に話題を振られて光癒は悩むようにこめかみを人差し指で押さえながら考え込む。


「それって大変な時に風馬さんがいないって事?」

「簡単に言ってしまうとそうなりますわ」

「それはダメ!」


 光癒ちゃんは単純で本当にわかりやすい。本当に沙織里ちゃんと同じ高校生なのか?──とは言え、改正の話もあるし、もう少し踏み込んでおくか。


「いいの?──光癒ちゃんが沙織里ちゃんと内緒話の時も俺がいて?」

「え?う~ん。そしたら、風馬さんも一緒に聞いちゃえば良いだけじゃないの?」

「いや、女子の内緒話に男が入ると困る時とかあるでしょう?」

「そうなの、沙織里ちゃん?」

「それを判断するのも侍の主の務めですわよ、光癒ちゃん。わたくしとしては光癒ちゃんがどんな判断をしようと文句は言いませんわ」


 沙織里は「ファイトよ、光癒ちゃん」と言って、うんうん唸る光癒を見守る。

 しばらく、考え込んでから風馬に小首を傾げる。


「風馬さんはどうしたいとかあるの?」

「侍は主の剣だ。つまり、俺は主君である光癒ちゃんの剣になる。光癒ちゃんの命令ならそれに従うだけさ」

「・・・めいれい?」

「まあ、光癒ちゃん次第って事さ」

「む~っ」


 風馬が光癒にそう言うと光癒は納得いかないようにむくれる。


「それって、なんかズルいですよ!

 それにまるで風馬さんは考えなくて良いみたいな言い方は良くありません!」

「いや、そうは言ってもなあ」

「決めました!風馬さんは私がダメとか言わない時は自分で考えて判断して下さい!

 それが私からの命令です!これなら文句ないですよね!」


 光癒の導き出した答えにさしもの風馬も困り果ててしまうが、しばらく考えた後に浮かせた腰を戻して正座する。


「あら?出て行きませんの?」

「俺も学ぶ事がありそうだしな。光癒ちゃんがダメって言うまでは一緒に勉強させて貰うさ」

「殊勝な心掛けね。うちの侍にも学んで欲しいくらいだわ」

「そう言えば、沙織里ちゃんも侍がいるみたいな言い方だったな?」

「あら?わたくしとした事が言ってませんでしたっけ?」


 そう言うと沙織里はパンパンと手を叩く。すると赤い羽織りを着た少女が入り、風馬を見据える。


「わたくしのお侍の赤松フジキちゃんよ。フジキちゃん、わたくしのフィアンセとお侍さんにご挨拶を」

「うっす。赤松フジキっす。お嬢がお世話になってます」


 そう言うとフジキは一礼して間合いを測る。

 そんなフジキを見据えて風馬は正座をやめ、片足を浮かせる。


 ──次の瞬間、見えざるやり取りがあった。


 剣を極めた者同士の間合いの探り合いである。

 しばし、見詰めあった後、先に目を伏せたのは風馬の方であった。


「あら。フジキちゃんの方が強かったらしか?」

「まあ、五撃差くらいと言ったところだ」


 風馬がそう言うと沙織里をクスクスと微笑み、何も解らぬのは光癒だけであった。


「えっと、はじめまして、フジキちゃん。私が陰陽師見習いの天月光癒です。それからこっちが私のお侍さんの風馬さんです」

「・・・宜しくっす」

「フジキちゃん。とりあえず、今回は顔合わせ程度で許して上げて頂戴。今後、協力し合う間柄になるでしょうから」

「・・・了解っす」


 そう言ってフジキは部屋を出ると同時に膝をつく。


(即死になる斬撃の可能性だけで五撃以上の差か・・・流石は役場で侍経験があるだけあるっす。此方は動画予習している身なのにも関わらず、ギリギリ一太刀入れれるかが限界だったのに・・・)


 フジキは冷や汗を掻きながら自信をへし折られた挙げ句、風馬に敵視もされなかった事に独り笑う。

 いつか、あの男と死合う事も面白いと思いながらフジキはその場を離れる。

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