第40話 地獄蟻 vs 悪魔憑き 2
撃ち出された
奴のいた場所はもうもうと白煙が立ち込めて、その奥がどうなっているのかは伺い知ることができない。
騎士たちは眼前で繰り広げられる大規模戦闘についていけず、呆気に取られたまま立ち尽くしている。
「アドラー隊長!」
「ベアトリーチェ……ハロルドまで、なぜここに?」
ゾルバの後を追いかけて、ベアトリーチェとハロルドがアドラーたちに合流したのが見えた。
俺も一度、二人の元へと急ぐ。
騎士たちがこちらを見て固まっているのがわかったが、付き合っている暇も説明してやる暇も今は無い。
「こ、小僧……。なん、だ、その力は……!?」
「隊長、話はあとにしましょう、あのモンスターを何とかしなければ」
「おいおい、ありゃ怨砂地獄蟻か? 文献でしか見たことないような災害級モンスターがこんなところに出やがったとは……!」
「災害級?」
「文字通り、現れただけでその地に災害をもたらすって意味さ……!」
すると、徐々に晴れてきた煙の向こうから、雄叫びを上げてこちらを睨みつけている蟻野郎がいた。
「ば、馬鹿な!」「あれだけの攻撃を受けて、まだ形が残っているというのか!?」「信じられない……」
騎士たちがどよめく中、俺もさすがに動揺を隠せない。
まさか、あれをまともに喰らってまだピンピンしてるなんて……結構な威力だったはずなのに!
「全然効いてねぇのか……」
(む、参ったのぅ。思ったより強くないと言ったのは訂正しよう。やはり災害級の名は侮れんな)
「お前あんなに格好つけて『一発は一発』とか言ってたじゃん!」
(やかましいわ! 儂とて全盛であればあんな奴ワンパンできたわ!)
封印が長すぎて力がほとんど抜けておるからうんぬんかんぬん――とぶつくさ呟いているが、さすがの悪魔もわずかに声に焦りが滲んでいるように聞こえる。
そりゃそうだ、あんだけ魔力をつぎ込んで、消し飛ばしてやるつもりでぶっ放したってのに……!
「おいおい嘘だろ……。今日が俺の命日か? 冗談キツイぜ……」
「隊長! 一刻も早くリリア様を連れて退避を! ここはなんとしても我々が引きつけます……!」
ベアトリーチェとハロルドが、囮になってリリーたちを逃がそう、と武器を構え前に出る。
しかし、足元から伸びた悪魔の影がそれを遮った。
『お前たちは邪魔だ。引っ込んでおれ』
「な!? なにを!?」
「いやいや、悪魔さんよ。そうは言っても、引き下がるわけにはいかんでしょ……。たとえ勝つ確率は不可能に思えてもよ」
『わかっておるではないか。今ここにいる者どもが束になってかかっても、あれに勝てる見込みは万に一つもありゃせんわ。だから、儂らがやると言うておる』
「あなたなら、何とかできると……?」
『儂らなら、な』
「……ゾルバ、任せていいのか?」
俺は二人に対して、黙って小さく頷く。
ベアトリーチェは尚も心配そうにこちらをみていたが、やがて「お願いします。リリア様は私が守ります」と俺の手を握ってくれた。
頼んだぜ、ベアトリーチェ。
俺はみんなから距離を取るべく、再び駆けだして行く。
この間も、蟻野郎は身動き一つせずにじっとこちらを睨んでいる。
その静けさが、嵐の前触れのようで不気味な感じだ。
「で、勝算は?」
『無い。先の攻撃で魔力もほぼすべて使ってしもうた。このままでは正直お手上げじゃな』
「言ってることが違うじゃねぇか!」
『話は最後まで聞け。このままでは、だ』
大きく背後へ回り込む俺の動きに合わせて、ゆっくりと振り返っていく蟻。
いつの間にやら口顎からはだらだらとよだれを垂らし、六つの瞳にも狂気が宿っていっている。
そして、奴の腹の底から妖気のようなものが立ち昇り、力が全身へと貯め込まれていっているのが見える……。
いよいよ奴も本気ってわけか。
『友よ、お前には素晴らしい力がある。魔力の素養、魂のレベル、儂の契約者として申し分ないものじゃ。とはいえ、お前はまだ未熟。肉体は幼く、経験も無い。だから教会での戦いにおいては、生命力を捧げるほかに勝ち目が無かった』
「……また命を燃やせってことか?」
『いや、違う。あのときはほかに手が無かったから止むを得なかったが、本来あれは禁忌の邪法。己が命と引き換えにするのだからな。そして契約を結んでいる儂も無傷とはいかん。お前もまた死ぬのは嫌かろう?』
「ならどうすりゃいい?」
『くはは! 親愛なる我が友よ。契約したのが儂で良かったなぁ? ほかの悪魔であれば、ここで終わっていたであろう。儂に感謝せよ!』
くはは! とご機嫌に笑う悪魔。
そんなのは勝ってから言ってくれ。これでお前の言う切り札が役に立たなかったら、期待外れもいいとこだぞ。
『相変わらず反応が冷たい……。よいか友よ、これは儂とお前、二人の同意があって初めて成せる技。あのとき儂はお前の覚悟を見た。儂もお前に全てを委ねよう』
「……」
『なんだ? 認めぬのか?』
「いや……。なんでそこまで? お前はすげぇ悪魔なんだろ? それが俺なんかのために」
くはは! と高らかな笑い声とともに、影の腕が俺の背をスパン! と叩いた。
「ってぇ! なにすんだよ」
『童がごちゃごちゃとうるさいわ。こういう時は素直に頼ればよい。その点、儂は千年もの時を生きた古強者ぞ。どうじゃ頼りがいがあろう?』
「……っは、はは、なんだそれ」
『まぁ、いろいろとあるが、今は気にせんでよい。いずれ時が来れば話すこともあろう。心配せずとも、契約がある限り儂はお前の力になろう。その代わり、契約は対等。お前も儂に全てを尽くせ』
「いいぜ、乗ってやるよ。期待してるぜ、相棒」
全身から上がる青白い炎が、その輝きを増し、俺の姿までをも覆い隠していく。
周囲を奔る稲妻が黒い繭となって俺を包み、俺の体を造り変えていく。
『では契約を裏返す。――
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