第23話 消えた少女 2


 案の定、ミルフィはあっさりと見つかった。


 ストリートで屋台を出していたおばちゃんに話を聞いたら、すぐに教えてくれたのだ。

 ミルフィは城塞広場の中央、時計台のそばにあるベンチで塞ぎ込んでいた。

 祭りの日に一人で泣きながら走っていく子を見かけて、街の人たちが様子を見てくれていたらしい。

 スラムなんかに迷い込んでしまっていたら厄介だな、と心配もしていたのだが、どうやら杞憂だったみたいだ。


 おばちゃんたちに礼を言って別れると、そっと彼女の隣に腰掛ける。

 ミルフィは俺の姿を認めると、一瞬表情が緩んだが、すぐにまたぶすっとして顔を逸らしてしまった。


 「ミルフィ、ここにいたのか。探したんだぜ」

 「……なにしにきたの」

 「何って、お前が出て行ったって聞いたから、心配して追いかけてきたんだろうが」

 「……しんぱいしてくれたの?」

 「当たり前だろ?」

 「あたしのこと、きらいになったくせに」

 「どうしてそうなるんだ」


 ミルフィは蚊の鳴くような声で、だって、リリーばっかり、と零した。

 ここのところすれ違ってばかりだったから、ずっと誤解させてしまったんだな。

 俺にそんな気は無くとも、ミルフィにとっては仲の良い友達の俺を取られて寂しい思いだったんだろう。


 俺自身が過去にそういう経験をしてこなかったから、わからなかった。

 小さな子でも、些細なことで嫉妬したり、喧嘩になるって、頭ではわかっているつもりだったのに。

 自分にあてはめて考えられていなかったんだ。


 「なあ、どうしたら許してくれるんだ?」

 「じゃあ、あたしのことすきっていって」

 「えぇ~? ……あ、いや、わかったわかった。好きだよ」

 「うそばっかり!」

 「な、なんでだよ! 俺たち家族だろ? 好きに決まってるじゃんか」


 咄嗟に頭を撫でようとすると、すかさずぺしっ、と手を払われてしまう。


 「うそ! ゾルバはあのこのほうがすきなんでしょ! あたしとじゃなくて、あのことだけあそんでればいいじゃない!」

 「いつ俺がリリーの方が好きだとか比べたりしたよ? ミルフィもリリーも、どっちも同じくらい大事だと思ってるさ」

 「あたし、リリーだなんていってないもん」

 「は?」

 「なまえ、いわなくても! リリーのことだっておもうくらいリリーがすきなんでしょ! もうほっておいて!」


 こ、こいつ、本当に五歳児か?

 浮気を疑う恋人みたいな理論出してきやがって……。

 まさか俺と同じで、実は中身が大人だったりしないよな?


 その後もあれが悪い、これが悪いとぎゃあぎゃあ喚いて、反論の隙も与えず俺を責め立て続ける。

 っていうか、聞いてるうちにだんだん腹が立ってきた……。

 なんでここまで俺が責められなくちゃならんのだ?

 まさか本当に恋人でもあるまいし。そもそも同じ五歳児だし!

 俺の話も全く聞かずに自分は言いたい放題とか!


 「あーもー、うるせーなぁ!」


 がしっ、とミルフィの腕を掴み、自分に引き寄せる。


 「好きだって言ってんだろ!」

 「っ!?」


 驚いた彼女が反対の手で叩こうとしてきたが、それも捕まえて抑え込む。


 「な、なにすんの、はなして……!」

 「聞けよ、ちゃんと!」


 尚もイヤイヤと暴れる彼女の脚を絡め捕るように自分の足をかけ、正面からぐっと覗き込む。

 少しつり目がちな双眸が大きく開かれ、彼女の息が止まる。


 「嫌いだなんて思ったこと一度もねーよ。最近はちょっとバタバタして、あんま構ってやれなくて悪かったけど……ちゃんと好きだから」


 なんだか変な告白みたいになっちまったが、まあいいだろう。

 いつの間にか抵抗を止め、力の抜けた彼女をしっかりと抱き起こす。


 「まだ信じられねーか?」

 「……あたしよりも、あのこのほうがすきになったんじゃないの? だから、あたしのこときらいになったんでしょ……」

 「違う。俺はちゃんとミルフィが好きだし、他はいま、関係ねー」


 彼女の瞳越しに、俺の瞳が映るくらい真っすぐに伝える。

 ミルフィはどうしても”好き”という言葉を言って欲しいみたいだったから、きちんと声に出した。


 もちろん、それは嘘じゃない。

 俺にとってはミルフィもリリーも、みんなみんな大事な家族だ。

 というか、五歳の女児相手に何を勘繰る必要があるというのか?

 その気にしたら恥ずかしい思いをするのはこっちの方だろうに。


 「……ばか」

 「うっせ。馬鹿はお前だろ」

 「……うん」


 ミルフィは俺の胸に顔を埋めて、ほんの少しの間、肩を震わせていた。

 彼女が落ち着くまで、俺は賑やかな祭りの喧騒をぼんやりと眺める。

 ハロルドさんはちゃんと揚げパンを買えたかな。

 一本まるまるは多いから、ミルフィと分けて食べよう。

 そうだ、違う味のやつがあったら、リリーと三人で食べ比べしよう。

 きっと、うまくいくさ。


 しばらくして俺から離れたミルフィは、耳まで真っ赤になってこう言った。


 「ゾルバの、ばーか。だいきらいっ!」


 ああ、疲れた。


 それから二人でストリートのおばちゃんたちにお礼を言いに行って、二人きりでお祭りの街を見て回った。

 立ち寄ったアクセサリーショップでミルフィが指輪や宝石を見てうっとりして、まだ早いと言ったら妙にむくれてしまって、またなだめるのに苦労した。

 なけなしの金で小さな飴細工を買い、二人で食べながら大通りを進む。

 町の喧騒が程よく気分を高揚させ、にぎやかな雰囲気に浸っていく。

 ミルフィはすっかり上機嫌で俺の手を握り、赤い顔で先を歩いている。


 「また、ふたりでこようね!」

 「ああ」


 何はともあれ、一件落着かな……。


 さすがに日も暮れてきたところで、ようやく俺たちは教会に戻ってきた。

 門を潜ったところで、先生がこちらを見つけて走ってくる。


 「先生、ただいま。ちょっと遅くなったけど、ちゃんと帰ってき――」

 「ゾルバ、大変なの。リリーがいなくなったわ」


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