第21話 折り紙、祈り紙
「おもいやりって、どうしたらいいの?」
「あたしに聞いたって駄目さ、あたしゃ思い遣りなんか欠片も無い人間だからね。シスターにでも聞いといで。その方が為になるだろう」
「うん! きいてくる!」
リリア様が元気よく答える。
先程までの翳りはきれいさっぱり消え去り、晴れ晴れとしたやる気に満ちていた。
ぱっと駆け出していく小さな背中を見遣る。
向かっていった先は、彼の隣ではなかった。怒って離れてしまった、あの子の方だ。
私はようやく気付いた。
リリア様はずっと、ミルフィと仲良くできない自分に悩んでいたのだ。
もちろん、リリア様だけが悪いわけではない。ミルフィの方にも問題はあるし、二人は彼を取り合っているのだから、衝突するのは避けられない。
しかし、そんな自分の態度が彼を困らせてしまっていることがわかって、それが苦しかったのだろう。
あるいは、自分のわがままのために彼女を傷つけているということへの罪悪感か。
ブリュー様の言うように、嫌な子になってしまっている、ということに前から気づいていて、胸を痛めていたのかもしれない。
けれども、リリア様にとってゾルバは特別な存在になっていることは確かだ。
だから、どうしてもミルフィに譲れない。
自分の行いに正しさを感じられずにいながら、気持ちを抑えられない。
それは私たちから見れば、なんてことのない、子どもの可愛らしいヤキモチ。
しかし、リリア様にとっては真剣な、おそらく初めての感情。
高貴な生まれにあっても、まだまだ幼い年頃なのだ。理解できない感情に振り回され、持て余してしまって当然でもある。
ここに来て本当に、多くのことに気づかされる。
私がいかに普段、多くのことを見逃してきていたかということも。
私は静かに、ブリュー様に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「はん。誰かさんが頼りないからね」
「う……」
返す言葉も無い。
貴族共の悪意から守ることが出来ず、リリア様をあんなにも歪めてしまったのは我々だ。
居場所を追われ、閉じ込めるようにここへお連れするしかなかった。
光を失った瞳に、もはや希望が戻ることは無い……そう思っていたのに。
そんな風に決めつけて、視野を狭めてしまっていたのは、ほかでもない自分自身だった。
「まぁ、今までいた場所が場所だ。誰かが言って聞かせてやらなけりゃあね」
「……はい」
人と向き合っていくこと、自分と向き合うこと。
子どもも大人も無い。ごまかしたり、見ないふりをして、蔑ろにしてはいけないのだ。
私が静かに落ち込んでいると、ぽん、と優しく腕を叩かれた。
「まぁ、そう気を揉むことはないよ。ミルフィも、バレンシアに任せとけば心配はいらない。もう長い付き合いだからね。悪いようにはしないさ」
「その、ブリュー様。カティア様も含めてですが……シスターとは、いったいどのようなご関係でいらっしゃるのですか?」
「一言でいえば、旧友かね。カティアのやつも含めて、いろいろあったのさ」
「いろいろですか」
「昔の話だよ」
懐かしむように遠くを見つめるブリュー様。
深い皴を刻んだお顔からは、その胸の内を伺い知ることはできない。
かたや、国一番の権力者。かたや、田舎街のシスター。そして、不遜と罵られ畏れられる魔女。
「聞くんじゃないよ?」
「き、聞けません」
思わず背筋を正す私を見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「だからまぁ、カティアがバレンシアを頼ったのもわかる。あの子には必要だと思ったんだろう。バレンシアのような存在が、ね」
「……そうですね」
「あの子をここに送ったのは正解だよ。まぁ一番良かったのは、ゾルバと出会えたことだろうね。まぁ、カティアはそこまではわかってなかったろうが」
私は自然と、彼の姿を探していた。
山ほどの折り紙を抱えて、脚立の一番上まで登ってはせっせと壁を飾っている。
男の子も女の子も、みんな彼に付いていく。
「不思議な少年ですね」
「あれもまた歪さ。肉体と精神が釣り合ってないせいで、もう自分では自分が見れなくなってるんだろうね。だからやたらと人に尽くしたがる」
「……そうですね」
彼は異常だ。
見た目にそぐわない言動。子どもらしからぬ思考力。遊ぶよりも働いていたい。
ふっと心に入り込んでくるような、安心感。頼もしい横顔。
生意気で格好付けで、ときには子どもっぽくはしゃいで見せたりもするけれど。
かと思えば、どこか人として大事な何かが欠落しているような、不気味さもあって。
それは、怖いというよりも、どちらかといえば、
「ときどき、見ていると不安になります。この言葉が合っているかわかりませんが……いたわしい、というか」
「厄介な子だよ。いつも他人のことばっかりで、自分のことなんざ、てんで考えちゃいない。なんと言うのかねぇ、自分の楽しみや喜びなんてもんはどっかに失くしちまって、他人の幸せを自分の喜びに置き換えちまってるとでもいうのかねぇ。まぁとにかくどうしようもない馬鹿なのさ」
「彼に……いったい何があったのですか」
「こっちが聞きたいくらいさ。いつの頃からか、あの子はおかしくなっちまった。あたしもバレンシアも、はじめはどうしたものかと思ったがねぇ、先生のために、家族のためにと働くあの子を見ているとね」
気が付くと、彼はいつの間にかまた一人でごみ集めや片付けなどを始めていた。
他の子たちのあどけない姿と、つい比べてしまう。
ブリュー様は、幸せは人との間にしか生まれないと言った。
では、あの子は幸せなのだろうか。
「ただ快楽を得ることとは違うんだ。誰かと与え合い、分かち合う。一方的に与えたり、独りよがりなのは幸せとは言えないと、あたしは思うね」
「……」
「ゾルバにとっても、リリーとの出会いは吉兆だと思えるよ。あの子らの出会いはきっと必然だろう。メーテル様のお導きがあったんだねぇ。ならば、あたしらはそれを守らなきゃならない」
「ここへ来たことは運命であったと……?」
「さて、どうかねぇ」
彼と出会って、リリア様は救われた。
私も、彼と知り合えて良かったと思う。
逆に、彼はどうなのだろう。真っ黒な髪に、真っ黒な瞳の不思議な少年。
彼の生き方は尊くも、ときどき悲しい。
ほら、アンタも折りな、とブリュー様に紙を渡され、私も慣れない手つきで紙を折っていく。
折るのは小さな花飾り。雪の中でも待雪草の花。
丁寧に丁寧に。違う色の紙を重ねて、繋げて、貼り付ける。
無事に冬を越せますように、祈りを込めて。
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