第20話 思えば思わるるということ


 明日はいよいよ越冬祭。

 今日はみんなで一緒に部屋の飾り付けを折り紙で作っている。男子組は輪っかを繋げてどれだけ長くできるか勝負しているし、女子組は先生の真似をして、花や星やハートなんかの形を折っている。

 みんな楽しそうに、思い思いに色を重ねていく。

 ……俺の周りを除いて。


 「ふ、二人とも、調子はどうだ?」

 「…………」

 「……ふんっ」

 「あ、ははは、そうかー。がんばろうなー。ははは……はぁ」


 そう、相変わらずリリーとミルフィが喧嘩を続けているのだ。

 俺を挟むように両隣に座って、互いに火花を散らし合っている。今のところまだ二人とも大人しくしているが、いつ破裂してしまうかと思うと気が気じゃない。この前は下手に口を出して散々だったこともあって、俺はただただ日和ってしまっていた。

 正面に座るベアトリーチェも、こちらを気にしつつも会話に混ざるべきか考えあぐねているみたいだった。


 「アンタたちときたら……まったくしょうもないねぇ」


 ブリューばあちゃんがひどく呆れた様子で溜息を吐く。

 

 「いや、何とかしてよばあちゃん……」

 「情けないこと言ってんじゃないよ。女の機嫌を取るのは男の務めだろう」

 「いや、俺まだ五歳だし……」

 「はん、歳なんか関係あるかい。出来るやつは出来る。出来ないのはお前に度量が無いからだろう?」

 「くっそ、言いたい放題言いやがって」


 がたん、と音を立ててミルフィが立ち上がった。

 そのままずんずん歩いて部屋を出て行ってしまう。

 リリーはというと、そんなミルフィから顔を背けるように俯いている。

 思わず溜息が漏れる。

 手の中の折り紙はくしゃくしゃになって潰れてしまっていた。


 「……えっと、ゾルバ、私が行ってきましょうか」

 「やめな、マルス。あの子は今、頑なになってるからねぇ。しばらくほっといてやんな」

 「ですが……よろしいのでしょうか」

 「はん。なんだい、アンタはアンタで鈍ちんだね。まったくどいつもこいつも困ったもんだよ」

 「う……。す、すみません」


 ここぞとばかりにベアトリーチェにも嫌味を言うばあちゃん。

 彼女も人付き合いはそう得意でないのかもしれない。

 味方がいたみたいでちょっと嬉しい。


 「ゾルバ、ちょっとドリーたちの方を見て来てやんな」

 「え? なんで急に」

 「いいから行きな。しばらく戻って来るんじゃないよ」


 ったく、なんなんだよ……。

 釈然としないが、言われた通りにドリーたちの元へ向かった。



 ◆◆◆



 「さて」

 

 彼が行ってしまったのを見送ると、ブリュー様がリリア様をじっと見つめる。

 ミルフィとゾルバが行ってしまってから、リリア様はちらちらと彼を盗み見ては、時折瞳を揺らしている。


 ようやくここでの暮らしにも慣れ始めて、彼や、みんなのおかげで以前とは見違えるほど笑顔が増えたというのに、近頃はまた元気を無くしてしまい、俯くことが多くなった。

 彼が隣にいてもそれは変わらないようで心配だったのだが、どうしてしまったのだろうか。


 「リリー。こっちを見な」


 声を掛けられるとは思っていなかったのか、戸惑ったように顔を上げるリリア様。

 ブリュー様は、声をかけてしばらく……なぜかそれから何も言わずに、ただじっとまっすぐに視線を送り続ける。

 リリア様も、そして私もどうしていいかわからず、ブリュー様が何か言ってくれるのをひたすら待った。


 離れたところから聞こえてくる子どもたちの楽し気な笑い声が、なぜか今は私の心をざらざらと撫でていく。

 やがてブリュー様はいかにも気怠そうにゆっくりと口を開いた。


 「いつまでそうしているつもりなんだい」

 「…………」

 「アンタ、嫌な女だねぇ」

 「え――」

 「ちょ……! ブリュー様、突然何を」

 「あーあー五月蠅いったら。わかるだろう? 余計な口挟むんじゃないよ」

 

 この方は本当に。

 私の立場を知っていて、そんなことを言うのだから困る。

 リリア様はよくわかっていないのか、ただ悲し気に目をしばしばさせている。

 

 「嫌な女だね、って言ったんだよ。リリー」

 「……なんで」

 「うん?」

 「なんで、そんなこというの」

 「言わせてるのはアンタだろう?」

 「……いやな、おんなじゃ、ないもん」

 「はん、そうかいそうかい」


 ブリュー様は意地の悪い顔でそう言って、何でもないように、再び手元の紙飾りを折り始める。

 突き放されたリリア様の瞳に、うるうる涙が溜まっていく。

 思わず椅子から腰を浮かしかけると、隣からぺしっ、と手で叩かれる。

 ブリュー様から、じろ、と一瞥され、大人しく座り直す。

 紙が擦れる音と、鼻をすする音が耳を刺す。


 「どうしたら、いいの?」

 「お前はどうしたいんだい」

 「わかん、ない」

 「違うね。本当はわかってるはずさ。わからないふりしてるんだ」


 叱るでも貶すでもなく、かといって優しく諭すのでもなく、ブリュー様は淡々と言葉を紡ぐ。

 手元では綺麗な花を作りながら、鋭く容赦の無い言葉を浴びせかける。


 またしばらくの沈黙の後、ブリュー様が顔を上げ、向こうで遊んでいる彼を見た。

 男の子たちと一緒にじゃれ合って、笑っている。

 彼の周囲にはいつも笑顔がある。


 「アンタ、あの子のどこが良いんだい」

 「……ゾルバは、いつもやさしい」

 「優しい。確かにね。でもあれは優しいんじゃないよ。優しくあろうとしているのさ」

 「どういうこと?」

 「優しくすることに意義があると思ってるんだよ」

 「……ほんとうはやさしくないってこと?」

 「違う。思えば思わるる、と信じてるんだ」


 リリア様はわからないという顔をした。

 それを見て、ブリュー様はからから笑った。


 「心の内ではどう思っていてもね、面倒臭いとか気に入らないとか思っても、誰かの為を考えて動くことが出来る。そういう自分になりたいのさ」

 「どうして?」

 「そこに幸せがあると信じるからだ」

 「しあわせ……」

 「幸せは人それぞれ、そいつだけのもの、なんていうやつもいるけどね。それは違う。喜びや悲しみは自分だけのものだ。でも幸せは、人と人との間にしか生まれない。そこへいくとどうだい、アンタ今、幸せかい?」

 「……しあわせじゃない」

 「おや、そうかい。きっと思い遣りが足りてないんだね」

 「おもいやり……」


 少しの沈黙。

 ブリュー様が紙を折り、また折り、次の紙を手に取る。

 そして再び顔を上げると、リリア様がすっと立ち上がる。

 もう、涙は無かった。

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