第11話 乱入者


 突然、庭の反対の方から大きな泣き声が聞こえた。

 見ると、泣きわめくドリーたちの前に、仰々しい鎧姿の男が、憮然とした態度で二人を見下ろしていた。


 「ドリー! ハッシュ!」


 二人を庇うように、男の前に割って入る。

 厳めしい鎧を来た男は、少し長い前髪をかき上げながら、鬱陶しそうにこちらを一瞥する。

 ……とても冷たい眼だ。

 初めて見る顔だが、整えられた金髪に曇りなく輝く鎧、豪華な意匠といい、位の高そうな貴族であることは間違いない。

 けど、こいつはハロルドさんとは違って、明らかに俺たちを――平民を見下していた。


 「……あなたは騎士様ですか?」

 「気安く話しかけないでくれ。僕は忙しい」

 「友達が泣いていたので、何かあったのかと」

 「ようやく見つけました。探しましたよ、リリア様」


 こいつ、話にならない!

 俺には目もくれず歩き去ろうとする騎士に、

 

 「ちょいと、失礼しますよ。王国勲章をお持ちということは、さぞ名のある騎士様とお見受けしますがねぇ。ハーグ孤児院に何の御用でしょうねぇ?」


 俺の後ろからゆっくりと歩いてきたブリューばあちゃんが話しかけた。

 ばあちゃんは、いつになく険しい表情を浮かべている。

 口調こそ丁寧ではあるが、見るからに不機嫌なのがありありと伝わってくる。


 「……任務中だ。それ以上答える必要はない」

 「まあ、そうですか。で、こんな小さい子らを泣かせて脅しつけるのが騎士様のお仕事ですか? ご立派でいらっしゃいますこと」

 「口の利き方に気をつけるんだ、魔女め。本来なら国外追放のところを、見逃されているに過ぎないということを忘れるな」


 ば、ばあちゃん、貴族の騎士相手に無茶しすぎじゃないか……?

 それに、魔女ってなんだ。国外追放?

 ばあちゃんが魔法で薬屋やってんのは知ってるけど、昔何かあったのか……?


 「に、にいちゃ……」


 ぶるぶると震えるハッシュに服の袖を引っ張られる。

 二人の剣幕に気を取られていて、ハッシュたちを忘れていた。

 

 大人たちの尖った低い声に、ハッシュは恐怖で過呼吸を起こしそうになっている。

 可哀想に……大丈夫だよと、背中を撫でてやりながら、二人を連れてひとまずこの場を離れる。

 ばあちゃんたちはまだ火花を散らして、何事か言い争っている。


 「もういい。今は貴様などにかかずらっている暇はない。それよりも……あれはどういうことだ。よりにもよってあのような……」

 「はん、あたしには関係ないね。ついでに言うと、アンタにも関係ないことだろう」

 「何を馬鹿な! 貴様……いや、それよりも今はあちらだ」


 肩を怒らせてずんずんと歩んでいく先には……リリーたちが。 


 「探しましたよ」


 威圧するように見下ろす騎士に、リリーたちは声も出せず固まっている。


 「何をしておられるのです。平民に混じって泥遊びなど……ご自分の立場を理解していただきたい」

 「う……」

 「全く嘆かわしい。やはりこのようなところに来るべきでなかったのです。さあ、参りましょう。あなたにふさわしい場所はもっと別にある」


 騎士はサラたちには目もくれず、リリーの腕を掴み無理矢理に連れ去ろうとしている。

 サラたちもどうしていいかわからず、竦んでしまっている。

 いてもたってもいられず、騎士の前に躍り出る。


 「やめろ!」


 リリーを掴んでいる腕に飛びついて、強引に振り払う。

 騎士が苛立たしげにこちらを睨む。


 「……何をしている」

 「なんだはこっちの台詞だ。アンタなんなんだよ? 俺たちの庭にずかずか上がり込んで好き放題しやがって!」

 「そこをどけ!」


 いきなり向かってきたと思ったら、避ける間もなく蹴り飛ばされてしまった。

 あまりの傷みに、その場に蹲る。

 

 「げほっ、けほっ」

 「にーちゃ……!」


 後ろからサラたちの悲鳴が小さく上がる。

 どうする。先生はこの場にいない。

 ばあちゃんも腕っぷしじゃこいつに敵わないだろう。

 頭を回せ。俺が何とかしなくては。どうにかしてこいつを追い払わないと……!


 「君たちとこの方では住む世界が違う。身の程をわきまえてほしいね」

 「うる、せー……!」

 「口の利き方もなっていないのか」


 よろよろと立ち上がろうとする俺に、二度三度と容赦無く蹴りつける騎士。

 くそ……わかっちゃいたけど、為す術がない。


 「だめ!」

 「……っ?」

 「ゾルバにひどいことしないで……!」

 「何を!?」


 不意に、リリーが俺の後ろから飛び出し、俺を庇うように騎士の前に立ちはだかった。

 あまりのことに、俺も騎士も思わず目を見張る。


 「よせ、お前は下がってろ!」

 「で、でも」

 「いいから!」


 なんとか立ち上がり、再びリリーを後ろ手に下がらせる。

 こんなやつにリリーを渡すわけにはいかない。

 騎士はいよいよ腰の剣に手を伸ばした。


 「……リリア様のためだ。悪い虫は排除させてもらう」


 スラ、と音を立てて剣が抜かれる。

 真っすぐにこちらへ向けられて切っ先が、俺の目前に迫る。

 しかし、その剣が俺に振り下ろされるより先に、


 「お待ちください!」


 もう一人の騎士が割って入ってきた。

 見ると、向こうの方に先生とハロルドさんも来ていて、その後ろにばあちゃんの姿も見える。どうやら、ばあちゃんが呼んできてくれたらしい。


 「どういうことです、アドラー隊長。教会の敷地内で剣を抜くなどと。まして相手は子ども……常軌を逸しているとしか思えませんが!」

 「どくんだ、ベアトリーチェ。僕は騎士として、リリア様の害となる存在を排除せんとしているまで」

 「何をおっしゃるのですか! そのようなこと、赦されるはずがない!」

 「――その通りです、アドラー・クラッセ騎士隊長」


 先生がもう一人の騎士の隣に並ぶ。

 その眼には、普段俺たちに見せない怒りが籠っている。


 「シスター・バレンシア……貴殿には悪いが、リリア様にここはふさわしくない。早々に居を移ってもらう」

 「移る? そちらから無理に押しかけてきておきながら、勝手が過ぎるのでは?」

 「そうです、隊長。いくら何でも……」

 「間違いがあってからでは遅い。貴様はその責任を負えるのか?」

 「それは……」

 「まあまあ、落ち着いて下さいよ」


 先生たちの話に聞く耳を持たない傍若無人な男騎士に、見かねてハロルドさんも口をはさむ。

 さっきから全く展開について行けてない。いったいどういう状況だこれ?

 あと、リリーが俺の背にしがみついて離れないのも困る。ちょっと、あんまり引っ張らないでくれ、話が聞けないだろ。


 「この孤児院を選んだのは、他でもないカティア様なんですから、何の相談も無しに場所を移すってのはちょっと無理じゃないっすかね。少なくとも、カティア様にお伺いを立ててからじゃないと」

 「そ、そうです隊長。まずはカティア様にご報告すべきです」

 「そんな悠長なことを言っている場合ではない。この場所――特にこの少年は無礼にもほどがある。リリア様に悪影響を与えかねない。今すぐ排除すべきだ」

 「――なんですって?」

 

 先生の声が凍り付く。

 ハロルドさんもぎょっとして、身を竦ませている。


 「私の家族を侮辱することは許しません」

 「シスター。血の繋がりの無い者が家族ですか? 笑わせる」

 「あなたにはわからないでしょうね。わかっていただかなくても結構です」

 「な……」

 「いまこの場で一番、悪影響なのはあなただと言っているのです」


 先生がぴしゃりと告げると、騎士は顔を引き攣らせた。


 「リリア様を預かるよう、カティア様より託されたのは私です。あなたではありません。今すぐ出て行きなさい」

 

 うわぁ……先生ってば、マジで切れてるな。

 こんなに怒ってる先生を見るのは初めてかもしれない。

 騎士は顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。

 

 「あなたの存在はほかの子どもたちの教育に大変良くありません。このことはカティア様にもご報告をさせて頂きます。それとうちの子たちに刃を向けたことも、断固抗議させてもらいますから、どうかそのつもりで」


 言いたいことを言って満足したのか、もはや話すことはないといった風に子どもたちに部屋に戻るよう促し始める。

 これにはハロルドさんも呆気に取られていた。

 しばらくフリーズしていた騎士は、はっと我に返ると憤怒の表情を浮かべて先生に向かって行こうとしたが、


 「隊長。これ以上事を荒立てるのであれば、私も騎士として応じざるを得ません」

 「ここまで愚弄されて、引き下がれというのか!」

 「丸腰の聖職者に切りかかったとなれば、最悪の場合、死罪も免れません! お考え直し下さい!」

 「そ、そうっすよ。感情的にならずに。……どのみち、リリア様の処遇を決めるのはカティア様です。相手にするべきはシスターではなく、カティア様のはず。でしょう?」

 「……もういい」


 騎士は剣を鞘へ戻すと、不承不承といった様子で中庭を後にした。

 

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