第9話 花冠
翌朝、二人で朝のお祈りをして、朝食を摂る。
昨夜はリリーがちゃんと眠れるか心配だったが、そこでこの一年間の俺の子守りテクニックが役に立った。色々試した中では、背中を優しく叩きながら子守唄を歌うのが一番だ。これにかけては先生にも負けない腕前と自負している。
おかげでリリーもだいぶ睡眠が取れたようで、昨日より食欲も出てきたみたいだった。
が、何故か手を付けずに、困ったような顔でちらちらと俺を見てくる。
「リリー? 食べないのか?」
リリーは黙ったままソワソワするばかり。
うーん……これからこの子と付き合っていくためには、わずかな心の機微も見抜けるようにならなくてはならない。とはいえ、まだ何を考えているのかさっぱりわからない。
仕方なく俺は食べる手を止めて、
「何か言いたいことがあるんじゃないか?」
と素直に聞くことにした。
リリーは困ったようにおろおろして、口をパクパクさせている。
「昨日も言ったけど、リリーのしたいようにしていいんだぞ。ほら、こっち向けって」
「……いいの?」
「もちろん」
笑いかけると、頬を赤く染めて俯いてしまった。
対面から隣に座り直す。
しばらく待っていると、意を決したようにフォークを取り、持ち手を俺の方に向けて差し出してきた。
「えっ……と、食べさせてほしいのか?」
恥ずかしいのか、こちらを見ずに小さくこくん、と頷く。
俺は笑ってフォークを受け取った。
「ほい、あーん」
「……ぁむ」
小さな口を一生懸命に動かして、サラダを飲み込む。
食べるところを見られるのは恥ずかしいのか、手を口に当ててもぐもぐしているのだが、それが余計に愛らしさを引き立てていて、つい首を左右に伸ばして顔をのぞき込んだりしてみる。
リリーはその度に嫌がってそっぽを向いてしまうのだが、やがて口の中が空っぽになると、また大人しく口を開けて待っているものだから、可笑しくて仕方がない。
まるで雛に餌をやる母鳥の気分だな。
食事を堪能して機嫌を良くしたリリーを連れて、部屋を出てみる。
何人かの子どもたちが、俺たちに気付いて駆け寄ってきた。
「にいちゃん、おはよう!」
「はよー」
「あ、あたらしいこ!」
「ほんとだ! ねぇねぇ、いっしょにあそぼー!」
リリーは急に話しかけられてびっくりしたのか、さっと俺の背中に隠れてしまった。
大勢に囲まれるのはまだ怖いのだろう。
どうしたものかと思っていると、ブリューばあちゃんが庭から入ってきた。
「おはよう、あんたたち。今日も元気かい?」
「おばあちゃん、おはよー」
「うん、げんきげんき!」
「そりゃいいねぇ。あんたたち、今日は花冠でも作ろうじゃないか。ちょうどあの辺が良い感じにきれいだよ」
「えー! はなかんむり~!?」
「やるー! いこう、にいちゃ!」
「お、おう。すぐ行くよ」
早速走り出していく子どもたち。
リリーはほっと息を吐いている。……前途多難だな。
「おはよ、ばあちゃん。ありがとね」
「なにね。それよりその背中の子、あたしに紹介しとくれ」
「あ、うん。……リリー、この人はブリューばあちゃん。顔はしわくちゃだけど、とってもいい人だよ」
「しわくちゃは余計だよ。……あたしはここの隣に住んでるブリュー。よろしく、リリー」
リリーはびくびくして答えられなかったが、俺が優しく手を握って促すと、俺の背からほんの少し顔を出して、小さく頭を下げた。
ばあちゃんはその様子にふぅん、と息を漏らすと、
「ずいぶんな挨拶だねぇ。ま、そのうちばあちゃんとも仲良くしておくれ」
そう言って子どもたちの方へさっさと行ってしまった。
「ああいう人なんだ。怒ってるわけじゃないから、気にすんなよ。それより、ちゃんと挨拶出来て偉かったぞ」
「うん……」
頭を撫でてやると、くすぐったそうに目を閉じてはにかむ。
ばあちゃんは既に子どもたちの輪の中に座って、手ごろな花を手折って集めていた。
「リリーは花冠作ったことあるか?」
「……はなかんむり、ってなに?」
「そこからか。やって見せた方がはやいかな」
俺はリリーの手を引いて歩き出す。
もうだいぶ少なくなったが、まだ庭のあちこちに秋桜が咲き誇り、淡い桃色から濃い紫色まで鮮やかなグラデーションを描いている。
なるべく色とりどりに咲いている一角へと近づくと、しゃがみこんで何本かを選び手に取った。
「好きな花を選んで、輪っかを描くように茎を編んでいくんだ。こうしてな……」
花びらが綺麗に見えるように角度をつけながら、くるくると茎と茎を絡める。
色を一種類に揃えるか悩んだが、せっかくだからカラフルにしようと決めた。緑が美しい葉っぱもいくつか残して、余分なものだけ取り払う。
リリーは少し興奮した様子で、俺の手元を真剣に見つめている。
おかげで手元が少し見えづらいが、そのぶん彼女の頭の大きさをよく見られて、助かった。
最後に全ての花びらを外側へ向くように調整して、
「はい、出来た」
出来上がったそれをリリーにプレゼントした。
「わぁ……!」
リリーは目をきらきらさせて花冠を見つめる。
せっかくなので、彼女に被せてみる。
ずいぶん久しぶりに作った気がするけど、手が覚えてるもんだな。我ながらなかなかの出来だ。
似合うよ、と言うと、彼女は頬を染めて、とんでもなく喜んだ。
やがて、花冠をつけたリリーに気付いた他の女の子たちが、わらわらと集まって来た。
リリーは戸惑いを隠せない様子だったが、花冠を褒められてまんざらでもないようで、少し安心した。
「リリーちゃん、いっしょにはなかんむり、つくろ?」
「あたしがおしえてあげる! いこ?」
いつも仲良しのサラとペリーネの二人が、リリーを誘って向こうへ駆け出していく。
リリーは困った顔をして、ちら、と振り返ったが、俺が手を振ってやるとそのまま二人についていった。
どうやら上手くいきそうで、ほっと胸を撫で下ろす。
あの二人は男子に負けず劣らずのお転婆娘たちだが、ちゃんとリリーの歩調に合わせてあげているし、きっと大丈夫だろう。
なにより、女の子同士仲良くできる相手が増えるのはいいことだ。
ふと気になって、残りの男子たち……ドリーとハッシュは……早々に飽きたらしく、庭の隅の木に登って遊んでいた。
まあ、徐々に溶け込めるように促していこう。
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