封印

Yokoちー

第1話  封印



 そうか、ここは教会になっていたのか。俺は街をまじまじと見つめ、口角を上げて唇で弧を描く。


 ここはそこそこ大きな街だ。

 とある建物の屋根の上。はるか上空に張った結界は俺だけの秘密の場所。


 そこから見下ろす街も、見上げる月や星も、俺が日々神経をすり減らしながら惰性で生きてきた世界と同じとは到底思えないほど綺麗に映る。


 だから俺はここにいる時間が大好きだ。


 商売人が引く荷車は、悪い足場のおかげでガタゴトと大きな音を出して揺れている。売女が古汚れたドレスで足早に自宅に戻り、品のない詐欺師が几帳面に黒い鞄を抱きしめてこそこそと周囲を伺う。ならず者は安酒を持ってあばら屋で転がり、馬鹿なコソ泥が空っぽの財布をスリ取っていく。


 くだらない愚かな人間模様。


 よごれてけがれ切った馬鹿な人間達が、己の愚かさをさらけ出して生きている。こんな面白い光景が次々に映し出されるこの場所は、そこ意地の悪い感情がどす黒く渦を巻く。


 くくく……。最高に俺好み。


 解かれた封印により、思い切り羽を伸ばすのにこれほど好都合の場所はあるまい。


 真面目な生に目を輝かせる奴はいない。ここに入れば、悪意の餌食となってその瞳を曇らせる。

 己の境遇に絶望し、罵声を浴び、殴られ蹴られ、見ぐるみ剥がされる奴。他人の幸せを妬み、おとしいれることで自己満足な喜びに浸る奴。ちっぽけなプライドを振りかざし、鼻高々に人をなじる癖に、掌を返したように上位貴族に媚びへつらう奴。


 どいつもこいつも自分勝手で懐が薄っぺらい薄汚れた人生を歩んでいやがる。これほど人らしく馬鹿らしい世界、愛すべき愚か者に溢れた世界が他にあるのだろうか。



 あいつらは、それでも言うのだろう。

世界を救いたいと。愛を溢れさせたいと。


「どんなに冷たく汚い世界でも、ここから見れば美しく見えたから」と……。



 ふふふ。ざまぁねえ。


 くだらない理想に燃えた勇者らが臭いセリフで俺を封印しやがったのは千年以上も前だ。

 だが、残念だったな。


 俺は今、その封印を解かれ、このくだらない虫ケラどもの世界によみがえった。


 最高だ。

 あいつらはすでに此処に居ないのだから。


 愚かな奴らが、狂気に顔を歪め、恐れおののいてもがき苦しむ様を再び眺められる。この手で恐怖の世界を作り上げる喜び。


 あぁ、力が足りない。

 はやる鼓動に拳を握る。


 力が満ちるその時まで、俺はゆっくりとこのくだらないヒトの世界を堪能するのだ。


 亡き勇者よ。残念だったな。


 どんなに美しく愛に溢れた世界でも、俺のこの手で美しい魔の世界に染め上げてやろう。


 あぁ、美しい。

 ここから見下ろす街も、見上げる月や星も、俺が日々神経をすり減らしながら惰性で生きてきた忌まわしき封印の器と同じ場所であるとは。そう、到底思うことはできないほどに綺麗に映る。


 間もなく、ヒトは皆、思い知るだろう。此処に魔王が復活したと。そして今、勇者はどこにも居ないことを。


 だから俺はここにいる時間が大好きだ。


 力が戻るその時まで、君たちにも最高の時を。

 そう願った俺は、お気に入りの場所で小さな鳥となり、力が満ちるのをじっと待つのだった。



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封印 Yokoちー @yokoko88

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