第25話 フィリスとの修行

《25話》


【魔界─邪竜ファヴニアルの棲家】



"邪竜の最上位、四大龍の一柱である我をここまで虚仮にするか……不敬な天使と悪魔……喰らってやる……喰らってやるぞ…絶対に……!!"



───フィリスとのマンツーマン修行が始まった。


正直な話、俺からすれば"一目惚れした相手から技の手ほどきを受ける"だなんてご褒美以外の何でもない…。


つい顔が緩んでしまいそうになるのだが、今の俺の力で邪竜を倒す為になるべく早く成長しなくてはならないから気を引き締める必要がある。


勿論フィリス一人で邪竜を倒すことは余裕で出来るはずだが…せっかくの魔物討伐、俺が少しでも強くならなければわざわざ忙しい中フィリスに付き合ってもらってるのに申し訳無い気もするからな……。


「じゃあ…まずは手始めに武器に熾天使の加護を宿すやり方から始めよっか。これが出来ないとそもそもその基本技も出来ないからね。」


「なるほど……それは今俺の身体の中にあるフィリスの力を武器に流し込むイメージで良いのか?」


「イメージとしては合ってるんだけど……そうだねぇ…」


そう言いながらフィリスは俺の方へフラッと近づいて来て……目の前で止まるとフィリスの手には小さな光が収束し始める。


"フィリス?"


と不審に思って聞いた俺の声は、完全に無視された様子である…。


小声で『荒療治にはなるんだけど…』っと言ったかと思えば…


「ッ…………ッグッ…!!!?」


フィリスがその光を俺の腹に当てた瞬間、腹の中で爆発的にフィリスの力が溢れ……いや、これは俺の身体の中にあるフィリスの加護の力が活発化している……気がする。


「ごめんね、ディガル君……でもこれでディガル君の中にある私の力の感覚が掴みやすくなったと思う。」


フィリスに殴られたような痛みを覚えたが…その痛みを修復しようとしているフィリスの力がやけにはっきりと感覚として感じられる気がする…。


「なんとなく…分かった気がする。だから荒療治って訳か…でも、やる前にそれ言って欲しかった……。」


「アハハ、でも伝えたら絶対拒否するでしょ?」


「そりゃ……まぁ、でもフィリスが修行だって言ったし殴られる位なら我慢するけど…」


「ふーん…♪実は私に殴られるの興奮したりして…?」


「……。」


(俺はそんなMじゃない。と軽くフィリスを睨むように見るとフィリスはニヘラと笑いながら)


「ハハハ…冗談だってー♪」


「絶対悪いと思ってないだろー…全く……」


勿論俺が再起不能にならない程度には調整してくれてはいるが…マジでフィリスともし戦うならこんな感じなんだろな……心底敵じゃなくて良かったとしか思えないな…。


「でも…私の力って武器に付与した場合とかもそうだけど、大元…つまり私が近ければ近い程共鳴して真価を発揮するの。」


「フンフン……。」


「だから私がディガル君を軽く殴る為に近づくのと、痛みで感覚を研ぎ澄まして加護の力の感覚を実感出来るようにするってのが一番手っ取り早いんだよね…」


「なるほど……で、この感覚を武器に流し込むにはどうすれば……」


「そうだねー…」


フィリスはそう言いながら再び俺に近づいてくる…


(またさっきみたいに殴られるのか…?)


俺は先程のフィリスから与えられた痛みがもう一度来るのではと、耐える為に身体に力を込めて身構える。


しかしフィリスは今度は耳元で囁きながら俺の身体に触れ始める…


「──大丈夫、痛くしないから」


「ちょっ…フィリs……!」


「──力を抜いて…。そう…今腹の底から湧き上がってる感覚をそのまま腕へ……」


フィリスの細く長い指先が自分の腹を触れ…そして優しく撫で上げていく──


「ッ……マジで、なんかゾワゾワするからやめてくれ…!」


「───暴れないで…♪今凄くいい感じだから…ディガル君…、見た目は結構ヒョロっとしてるのに…実は結構筋肉質な身体してるね……何かトレーニングでもしてたのかな〜?」


フィリスの耳元での囁きはまるで今話題のASMRと呼ばれるアレに近い…


(マジでなんの為にこれしてるんだ…?)


「なんの話ッ……!」


「あー、暴れちゃ駄目だよ。今ホントにいいとこだから…私の指に触れられているところに力を持ってくるイメージ……そう…出来てる…♪」


「今一応戦いの途中だから、後討伐隊の方達の目もあるし…!」


「そんなの気にしなくて良いから……私達の周りには結界が張ってあるし大丈夫、集中して…他の事を思考から省いていって…私に"委ねて"?」


マジで、フィリスは艶めかしい顔をしながらそれをするのはズルい……好きな相手に体を触れられるのですら緊張するのに耳元での囁きは絶対わざとだし反則だ……!


「ほら、ディガル君…腕まで力の感覚が来たでしょ?…あとはこの力を武器に宿すだけ……。感覚で言えば武器と手は今一つになってて、自分の腕を剣の分拡大させるイメージ…」


「……こんな感じ…?」


「そうそう…ディガル君飲み込み早いよ?じゃあそのまま、一気に力を流し込む感覚で──」


"ピシ……ピキッ………パリィーン…"


「あ"…」


ギルドから手渡された初期の剣は力を流し込んだ瞬間儚くもアッサリ破片が飛び散り、砕けてしまう──


「あー…やっぱり初期装備じゃ私の加護の力に耐えられないか…。」


「俺…これしか武器持ってないんだけど……どうしよ…」


フィリスは待ってましたとばかりにニヤリと笑うと


「じゃあ、仕方ないからいつも私が使ってるこの刀でやってみて?」


「フィリスの刀?借りても良いのか?」


「勿論、構わないよ?今のディガル君の状態は力の調整がまだまだできないから出力が安定してないんだよ…だからあまりに爆発的に力を込めれば、前の裁判の時みたいにリミッターがかかって眠くなっちゃうし、出力が弱過ぎれば全く効果が得られない…」


「面目ない……」


「大丈夫、私がいつも使う刀ならその辺は気にしなくて良くなるから。」


「そんないい刀なら尚更…申し訳が…」


「私、その刀いくらでも出せるからね…言わば私の分身みたいな感じ?」


「フィリスの分身……」


(ゴクリッ…)


「あー!今またやらしいこと考えたでしょ。」


「考えてない……マジで考えてない!」


「ふーん…ホントかなぁ?まぁ、とにかくその剣なら、出力が弱ければ調整して力を引き出してくれるし、強ければリミッターがかかる前に制限がかかる……」


「ホントに便利…マジで有能だな。」


「私も戦いの時は結構激情型だから…意外と今でも助かるんだよね…名前はないけど…」


「……うーん…適当に『熾刀:フィリス丸』とかでいっか…」


「センス無ぁー……!」


明らかにジト目で文句有りげな顔をするフィリス。


「えぇ…めちゃくちゃ不満そうな顔してるじゃん…」


「ディガル君、名前付けセンス無いなぁって…」


「あとでちゃんと考えるからその顔やめてくれ…!」


俺はフィリスから貰った刀の柄をぎゅっと握りしめる──


「んッ……あ!ヤバィ……ンッ♡」


「へ?」


フィリスが突如明らかに喘ぎ声と思わしき声をあげる──


(ん?何が起こってんだ?)


「ちょっ……ディガル君、ホント駄目…♡」


「フィリス、気が散るからそういうイタズラやめて欲しいんだけど……」


フィリスはクネクネと、そして艶めかしい様子で喘いでいて…


「いや…ホントに…ミスった……ミスったからディガル君、その刀一旦…離し……ンッ…ンー…!待ってホントそのいやらしい握り方駄目だってば……ンンッ♡」


「はぇ?いやマジで俺何も……」


───いや、柄の感触がこれアレだ……フィリスの身体を縮小した版みたいな…


(これよくある身体の感覚が繋がる"アレ"じゃねぇか…何と言うラッキースケベ……。あー、このままフィリスにイタズラしたい…したいけど、後々のこと考えたら離した方が良いか…)


俺は仕方なくその刀の柄を離してみて…


「ハァ……ハァ……ハァ〜」


「マジで意味が分からなかったんだけど…今の…何?」


「ディガル君!今の忘れて、私にそんな趣味ないから!!ホントに!」


(なんか初めてフィリスのホントに焦ってる顔が見れた気がする……顔赤らめてるし…めちゃくちゃ可愛い…!)


「の割にはめちゃくちゃ喘ぎ声凄かったよ?フィリス、もっかいする?」


わざとらしく冗談でそんな事を聞いてみる…


「もっかいやったらディガル君の身体から無理矢理私の加護の力剥奪するから…!!」


「それは困る!」


「でしょ!?だいたい、そもそもさっきのはミスだし、私にそんな性癖無いってば!」

 

[フィリスはなぜああなったのかを説明した。まず、フィリスは戦闘時、敵からの攻撃を食らう時にほとんど痛覚を遮断しているらしい。痛みによって精神的に弱くなるのを防ぐ為に…


しかし、痛覚を遮断したままだとこちらが攻撃するタイミングでの力加減や、力の加え方の微調整が出来ない。


そのため、攻撃するタイミングだけ刀に自分の痛覚を移し、調整しているのだとか……しかし、俺に刀を渡す時に解除するのを忘れていたようだ…。]


フィリス曰く、"いくら瞬時に回復できるって言っても痛いのは嫌でしょ"ということらしい。


「ハァ……理解してくれた?」


「理解は出来たけどさ…そんなフィリスがそんなミスすることある?わざとじゃない?」


「へぇー?疑ってるんだ〜、私のこと…ディガル君、邪竜を倒した後覚えておきなよ?」


フィリスは俺に先程あの悪魔に向けていたような絶対零度…まではいかないがかなり光のない目で見つめながら笑いかけてくる──


これはまずい…


「嘘!嘘です!マジで嘘!ホント勘弁してくださいフィリス様!」


「ふーん?……しょうがないから許したげるけど!」


フィリスは胸の前で腕を組むとフンッとわざとらしく拗ねたような顔をして…


(あっぶねー…マジでフィリスを怒らせると洒落にならないからなー…)


「とにかく、今のは忘れて……。ひとまず今から言ってた基本の型を教えるから。」


「基本の型…あぁ、基本から応用までその技の幅が広いって言ってた技?」


「そう。今回ディガル君にその技で戦ってもらうことになるから気合い入れること…分かった?」


「はい!わかりました!フィリス様!」


「そのわざとらしい様付けいらないよー、ディガル君だから悪い気はしないけど……」


(あ…悪い気はしないのね…ちょっと位はフィリスに信用されてきたのかな…)



         ★



【天界──中央都市エディン】


部屋の真ん中にある大理石のテーブルの上に水晶玉が置かれていて、一人の天使がディガルとフィリスのこのやり取りを覗いている。


「フフ…ホント、あの二人は見てて飽きないものね、何をやってるのかしら……」


「ソニア、上に宛てた必要書類の作成既にやっておいてくれたのか…感謝するよ。──ん?何を見ているんだ?」


「あら、フィーゴ様。せっかくですからフィーゴ様も一緒にどうです?今、良いところなんですよ…♪」


「そういえば、妹とディガルは邪竜討伐に行っている…という話だったな…その様子か。」


「えぇ。ひとまず邪竜の飛行能力と回復能力はフィリス様が手っ取り早く抑えた様子です」


「セオリー通りだな…俺も多分最初はその順だ、実際今のとこ苦戦をする要素はないはずだろう…」


「そうですね…ディガルがどれほど成長するか…ここから楽しみにはなりますね……」


「あぁ…彼には成長してもらう必要があるからな」


「…フィーゴ様は随分とディガルに期待しておられますね?」


「それはソニアも同じじゃないか?」


「いえ…私の場合は、特異点を間近で見られるのが良い暇つぶしってだけですから…」


「その割には、今回ディガル君に邪竜討伐を勧めたそうじゃないか。色々と世話を焼いてるのは知っているぞー?」


「それは単に、今日はフィーゴ様が貴重なオフの日ですから…あの二人には邪魔されたくないですし、丁度暇つぶしにってのが本音です…♪」


フィーゴはソニアの頭をポンポンと撫でると…


「なるほど…ソニアは策士だなー」


「ッ………いえ、フィーゴ様には及びませんよ…♪」


フィーゴは俺は策士ではない。むしろ妹の方がよく戦況や状況が読めていると苦笑いをしながら…


「とにかく、邪竜は今フィリスの技で動けては居ないようだが……いや、勿論フィリスがついていれば失敗はないだろうが、ディガル君がうまくフィリスの力に適応出来なければ、彼自身には中々難しい戦いになるだろうな…」


「えぇ、でもその辺もフィリス様ならば上手くやるのでは…?」


「そこは全く心配していないさ…仮に邪竜が"死の間際で想定外な覚醒をしたとしても"…アイツは負けない」


「相変わらず凄い自信ですね…」


「そりゃな…実際、ディガルの成長云々を言ったが……アイツ…妹は未だ底が見えない」


「確かに…彼女が本気を出した時など、これまでほとんど無かったかと…」


「学園でも、同じ熾天使とは一線を画していたからな……だいたい成長しきってしまえば限界が来て強さもある程度頭打ちになる、それは悪魔も天使も同じだ…」


ソニアはそれに同意するようにコクリと頷く。


「だが…フィリスの場合、未だに成長し続けているようだ、実戦経験が少ないとは言ったものの…アイツの姿を見る度に纏っている雰囲気が変わっている……常に成長し続けている、だから…アイツは正真正銘の"バケモノ"だよ」


「血は繋がっていて、フィーゴ様が一応引き取り、兄を名乗ってますが…本当の妹では無いんでしたっけ?」


「あぁ、間違いなくシエル家の血筋ではあるし、使う力もシエル家の相伝を宿してはいるけど…全く存在は謎だよ」


それでも……とフィーゴは前置きする。


「俺はフィリスも特異点ディガル君も最後まで行く末を見守り、この世界の転換期に尽力するつもりだ……きっと、この世界は面白くなるさ」


「えぇ」



《25話完》

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