第12話 フィリス極刑裁判─開廷前

《12話》

ナハス裁判所 法廷内 時刻12:10


この裁判は正午である12時から開始予定ではあったが、裁判長役に割り当てられているヴァイス家の次期頭領であるヴァイス・アデルの遅刻により開廷時間が遅らされる事となった。


(裁判って本来裁判官役が絶対遅刻とかしたら駄目だよな……)


と裁判経験の無い俺でもなんとなく理解できる。しかしながら、シエル家の二人やソニアはそこまで焦った様子は見受けられない。


逆に、ルクス家の天使達は露骨にはしないもののイライラとした雰囲気を纏っている。


後に分かるが、熾天使御三家の天界における影響力というのは非常に大きい。


『古豪のヴァイス、新鋭のシエル、魅惑のミスタ』


と、通称では呼ばれているらしいが、古豪であるヴァイスは天界の創設に携わった時から続く家系であるため、天使内でも口出し出来る天使はかなり限られている。


(つまり…遅刻しても文句が言えるのは熾天使御三家の天使くらいであり、簡単に文句言えないんだろうな……)


本来の開始時刻になったタイミングでルクス家、シエル家共に向かい合うように席に座ったが相当に空気は重い。というよりルクス家側からはかなり圧を感じるような気がする。


ひとまずそれは置いておこう、この10分間で知り得た情報を伝えておかなければならない。わざわざフィーゴの隣に行き裁判の詳細について聞いたことを軽くまとめておこう。


──まず、天界の裁判には弁護士は居ない。また裁判官については熾天使の御三家のどこかに振り分けがなされる。


そもそも天使にとって裁判の回数自体がそこまで多くない為熾天使の御三家に審判が委ねられているようだ。今回の場合は熾天使の裁判である為、ミスタ家かヴァイス家のどちらかが裁判官役となる。


フィーゴはシルヴィア(ミスタ家)の気配を感じていたことや、直近で2回連続でヴァイス家が裁判官役であったこともあり、ミスタ家が今回の裁判官役であると踏んでいたらしい。


ミスタ家が今回の件に絡んでいる可能性を視野に入れていた為シルヴィアに対し、何しに来たかを聞いたと──


あのやり取りはそれを踏まえたものだったのか……。


「で…裁判官がヴァイス家って決まった今、状況は大丈夫なのか?想定外とかじゃないよな…」


フィーゴに俺は小声で聴いてみる…


「大丈夫だ。予定外ではあるものの想定外ではない。それに、むしろミスタ家が絡んでいるよりヴァイス家の方がまだマシだ。」


「そうか…ヴァイス家はちなみにどんな能力なんだ?」


「簡単に言えば…熾天使の守護の力を肉体に宿したり、武器に宿す古くからヴァイス家に相伝され続ける格闘術や武術、自然の力を操るなど…とにかく物理攻撃に特化している」


「ほぇー…」


「いわゆる、精神攻撃や魔法攻撃を主とするミスタ家とは真逆のタイプだな。いわば、天使の戦闘の基礎を生み出したのももとを辿ればヴァイス家に行き着く…」


「……なんか凄く憧れを感じる戦い方だな。」


やっぱり古くから伝わる格闘術とか、自然を操るとか男なら一度は憧れるよな……。


「少し前、そうだな俺が生まれる数百年前位までシエル家はミスタ家に、ミスタ家はヴァイス家に、ヴァイス家はシエル家に強いという言わば三竦の状態だったらしい。」


「ちなみにシエル家は、物理魔法どっちが主流なんだ…?」


「そうだな…今では一概には言えないが、基本両刀型がシエル家だ」


「新進気鋭…あぁ、つまりミスタやヴァイス両方のいいとこ取り的な…?」


「ハハ、考え方自体はディガルのそれで間違いはないな、とにかくヴァイス家はミスタ家のような特殊型ではないからな…ミスタ家が敵対してこないという話が嘘でないならそれほど今回の裁判については心配はしていない」


──なんというか…フィーゴの安心してくれというセリフはかなり信頼出来る…


「ただ油断はするつもりも俺もない、何度も言うがディガルのことは守るから安心してくれ。本来天界のいざこざに君を巻き込んだこと自体申し訳無いとは思っている。」


そう言いながら、フィーゴは軽く謝罪をしてくるが…


「俺は自分の意思で巻き込まれたわけだし、元を辿れば俺も関係ある訳だから全然気にしてない」


「うむ…」


「実際この裁判に巻き込まれなければ、きっと天界に行く機会なんて無かっただろうし……後俺はフィーゴの事信じてるよ。でも"フィリスの次に"、だけど。」


その言葉にフィーゴは満足そうにフンッというような笑い方をする。


「なになに〜?なんか私の名前呼ぶの聞こえたけど…兄と何会話してたの?」


とフィリスが話しかけてくる。


「単なる作戦会議だよ」


「ホントかなぁ〜?ちょっと、ディガル君ニヤニヤしてない?」


「いやいや、してないってば…!」


(確かにフィリスやフィーゴとこうやって話すのは楽しいし、自分の知識欲を満たせるから満足感あるけど…好きになった相手の極刑裁判でニヤニヤは流石に……)


「ふーん…?でも、この状況を悲観せずにそれくらい割と余裕ある態度なのは悪くないと思うよ?」


「余裕は…言ってもそんなにないけどね…、実際フィリスが極刑になったらとか…ちゃんと俺が救えなかったらとか…普通に不安」


「大丈夫、意外とそういう心配って杞憂に終わるものだよ…♪だから…」


『頼りにしてるよ、ディガル君…♪』


と耳元で囁くフィリス。…これは非常にズルい…一目惚れした相手からこれされて耐えれる存在は居るんだろうか……!


──あ、駄目だ…なんかのぼせそう。なんか身体の中のフィリスの力が活性化したように身体が熱い気がする…。


俺は少し今のフィリスの囁きで軽くふらつきながらも自分の座る席へと戻ろうとする。が…そのタイミングで先程自分達が入ってきた扉が勢いよく開かれる。


ザワザワとしていた法廷内が一気に静まり返りその登場を待ちわびている様子で視線が扉へと注がれる。


「あー…過ぎてたか。ワリ…」


入ってきたのは銀髪に赤い瞳をした美男子だ。髪は短いながらもサラサラとしていて、ルックスは女受け抜群という雰囲気だ。


しかし、その彼は妙に気だるさを全面に押し出した感が満載である──


(俺があまり好きではないタイプというか…クラスに居たらモテるだけでなく絶対チヤホヤ?されるタイプだ。やっぱ無意識に嫉妬してしまう…)


きっとこいつがヴァイス家の次期頭領、ヴァイス・アデルだろう。妙にニヤケたような顔をしながら、軽く羽織っただけの服を着ていて上半身の筋肉が嫌でもハッキリと見えている。


オーラもやはりフィリスやシルヴィア、フィーゴ達と遜色ない一級品である。


そんな美男子の彼は入ってきてさっさと裁判長の席につくと先程までのニヤケ顔から一転、不愉快そうな顔をして開口一番


「よぉ、フィリス。久々だなァ…何しょうもねーことで裁判起こされてやがんだ?」


(突然何を言い出すんだ…?コイツは……)


「オメーも落ちぶれたモンだなァ?わざわざ裁判長に指名された俺の気にもなれよ……だいたいこんな"くだらねぇ"裁判して何になんだ?結果決まってんだろうが…」


と発言する。


(おいおい…マジかよ……嘘だろ…)


俺は嘘でも裁判長なら真面目にその役に徹するのかと思っていた為呆気にとられる。


───法廷内は先程まではピリピリしたような雰囲気が漂っていたのだが、その発言を聴いたフィリスが少し悪い笑みを浮かべた気がする。


(あれ…?フィリスってこんな顔するんだ…でも、こういう顔も可愛い…)


そして彼女は、アデルに対し…


「久々じゃん、直接顔合わせるのは学園以来…3年ぶりくらいかな。相変わらず変わってないねー?その気だるそうな態度、見てたらこっちまでテンション下がるよ。」


──と、まるで皮肉るようにフィリスは話し始める。


《12話完》

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