4-6-a そんなのありですか?

 不自然に困り果てた顔でコンビニを出てきたと思ったら、握れないほどアツアツの粒入り缶しるこを差しだしてきた。そでしに持っているのを見て気づくべきではあったろう。が、熱いよと伝え忘れる理由もよくわからないので「あっつ!? 馬鹿ッ、ァンだこらぁ!」と駐車場の車どめに腰かけたまま、赤緒は怒鳴りついでに白スーツのすねを蹴りあげた。魔法生物でもそこは痛い。


「うぅぅ……ご、ごめん。でも、そもそもなんでボクがおごらされてるの?」

かてぇこと言うな。魔法少女への活動援助だ」


 同じようにジャンパーの袖で缶を持ち直しながら、赤緒は慎重に中身をすすりだす。ヒヨコ色の頭の下が困り顔だったのは、数円のビニール袋を買いそびれて後悔していたとかだろう。ほかに客もいないのだから追加で精算を頼めばいいものを、テンパって気が引けるマスコットなんて頼りなさすぎる。


「コミューン違うし……というかきみ、無所属だって?」

「うるせぇ。あの眼鏡ゾンビのいそうな場所探してやるっつったろ?」

「ぞんび?」


 涙目で文句を垂れてくるヒヨコ頭にかまわず、赤緒は早めの夕食を黙々すすった。まだ凍えるほど寒いわけでないことにも呆れつつ、どうにか熱湯の水位を減らして上のほうを持ちつづけられるようにした。あまり減らすと小豆あずきを沈めたまま飲みきることになるので、いったん手の中で冷ます。


「そもそもと言やァ、こっちこそ聞きてえよ。なんでいねーんだ?」


 手持ちぶたさではなく、普通に気になってしょうがなかったことを手がすくなりに聞いてみた。期待はしていなかったが案の定、ヒヨコ頭は左右にゆれる。


「わからない。いるはずの部屋にいなくて、英語まじりで『ナウ・ローディングです、ユウキさん』っていう書き置きだけあって。つづり間違ってたけど……」

「バカなのかあいつ」

「あと、きみから借りたギターもなくて」

「だぁ!? ふざけんなッ! つかそっち先言えよっ。戻ってる可能性は!?」

「そのときはヨサク先輩――コミューンリーダ―に、連絡してもらえるよう頼んでる。でも、もうこんな時間で……」

「クソッ。マジで金にえて消えようってハラじゃねえだろうな。ンな値打ちモンじゃねえぞ……」

「そうなの?」

「あ?」


 赤緒は眉をひそめた。無意識だったが、いまの流れで来るはずのない場所に食いつかれて身構えたようなものだ。ヒヨコ頭はヒヨコ頭で、にらまれるとすぐうろたえる。


「あ、いや、相場とかはよく知らないけど、古いのにずいぶん大切にされてたみたい、だったから……」

「あー……ジイさんがな」赤緒は少し声を落とした。「弾かなくなっても手入れはしてたみてえだ。レコード屋の店長と仲よかったし。死んでからはずっとあけてなかったしな」

「えっ、形見じゃないか!? それを貸してくれたの?」

「ん、まぁ……」


 きまりが悪くなって目をそらす。貸したことをすでに後悔していたなどとは言いだしづらい。それこそ直感だったが、七弦を選んで渡したことも、いまやハズしたジョークのようだ。しかしながらヒヨコ頭は、やたら純朴じゅんぼくな反応をする。


「それなら、売られちゃう前に見つけないと!」

「待て。なんであいつが売っぱらうって前提でオマエが話してんだ、パートナーの」

「あ……」


 真顔で走りだしかけていたヒヨコ頭が、たちまち目を点にして凍りつく。疑わしく眺めていると、振り向いて「はは、ごめん……」と苦笑いで謝ってきた。赤緒は思わず「はぁ?」と声をあげた。


(なんだ? めちゃくちゃイライラする……)


 飲み頃に冷めてきたしるこ缶を見おろす。甘い香りは依然ただよっているのに、なんだか食欲がうせている。

 これを飲み終わったら、目の前にいるどんくさくて無駄にノッポで黄色いのを連れて歩かなくてはいけない。何度警官に声をかけられるだろうか。この粒あんしるこ、ひとりで楽しむわけにはいかないものか。


「雀夜ちゃんってさ……正直、よくわからなくて」

「それは……だろうな」

「あ」


 適当なつもりだがほかに打ちようもなかった相づちを赤緒が打ったそのとき、モジモジしていたヒヨコ頭が急にくもりの晴れた顔をして赤緒を見た。


「赤緒ちゃんにも、パートナーがいるの?」

「ちゃん?」

「あ、いやっ……」


 にらみ返すとまたうろたえた顔をする。普段の赤緒は呼ばれ方ぐらい気にしない。なぜいまだけカチンと来たのか。わからないのが余計にいら立つ。


「……いるに決まってんだろ。魔法少女なんだから」

「そう、だよね。なんで気がつかなかったんだろ……」

「いてもいなくても似たようなやつさ。オレもあいつも、お互い誰でもよかったんだ」

「そう?」

「あん?」


 まただった。

 この魔法生物は順序がめちゃくちゃだ。あるいは行き当たりばったりなのか。妙になれなれしくなる癖まである。


 正直あのゾンビよりオマエが苦手だと、赤緒は顔いっぱいに書いて見せつけた。ヒヨコ頭は例によって目を泳がせていたものの、今度は詰まらずにねばった。


「赤緒ちゃ、あ、ぁ――赤緒さん、は、ライブもすごく洗練されてるし、歌の才能もあるし、パートナーのマスコットは、鼻が高かったんじゃないかなー、って……」

「なんだそりゃ。じゃあ契約者がおんだったら、オマエらはとっとと見限んのかよ?」

「そんなことないよっ。ただ……きみはなんだか、いい子みたいだし、きみにいなくてもいいだなんて、きみのマスコットが思ってたとは思えなくて……」

「いい子? しるこ缶カツアゲすんのに?」

「だってきみ、音楽が好きでしょ?」

「……!?」


 ちょっと飲もうと缶を口に寄せていた。飲んでいなくてよかった。

 笑い飛ばそうとしたのに、ひらいた喉のすき間にすべりこんでくる。


 胸まで落ちてくる感覚に、思い出したのは、似たような声の記憶。生真面目なのに抜けている感じがして、頼りなくて、なれなれしい。




 ――本物のライブには負けるかもしれないが、気に入ってもらえるとうれしい。

 ――楽しんでるか、赤緒?

 ――そうか。よかった。




「ね」


 ほてりの中に溶けかけていた赤緒の意識を、また流れの読めない声が引き戻した。


「雀夜ちゃんとバンドがやりたいって、本気なの?」

「は?」


 一貫しただしぬけぶりに、いいかげん赤緒のほうが混乱する。なぜいま聞くのかと問いを突き返す気力も湧かないまま、馬鹿正直に言いわけを考えだしてしまう。


「いや、その……あれは勢いっつーか、ちょっと思っただけっつーか……」

「えっ、冗談だったの!?」

「あのときはッ! 冗談じゃなかった、けど……でも……」

「あぁ。そう、なんだ……」

「…………」


 さすがの鈍感頭にも、理解できたらしい。


 赤緒はいたたまれなくなる。流されて言わされたのがわかっていても、自分の浮気な態度が情けないことに変わりはない。そもそも自分が言っていることも本心なのかどうか、いまいちはっきりしないのだ。相手はあの眼鏡ゾンビの一応保護者で雇い主的な存在。バツも悪いことこの上なかった。


 というのに――


「じゃあ、さ……うちに来ない?」

「……は?」


 ついに声が裏返ってしまった。

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