4-3-a どうかしてませんか?

 ヘッドハンティング――

 ユウキの脳裏を電流のように駆け抜けた単語がそれだ。


 魔法で上着はダウンに変えた。ヨサクにならってサングラスをかけ、キャップ帽もかぶって静かに入店。眠っている女の子をおんぶしてレコードを買いに来る客はどう考えてもありえないが、ボクは妹の世話を焼きつつ自分の趣味も大事にしたいだけのいたいけな学生だと自己暗示をかけ、なにくわぬ顔で奥のパーティション付近まで進んだ。「オレとバンドやらねぇか?」と、やや遠慮がちなハイトーンを聞いたのはそのときだ。


(どどどどどういうこと!?)


 ギクリとして足をとめた瞬間、パーティションの上から中を覗きこむ自分を想像した。向こう側にいるのは雀夜とマジョ狩りの少女のはず。こんな場所にふたりがいっしょにいる理由からすでに謎だったが、ますます話がつながらない。(バンドって、リアルの!? 雀夜ちゃんが!?)とうろたえているうちに雀夜の声が聞こえてこなかったら、レコードをあさる演技をするつもりだったのも忘れて聞き入っていたかもしれなかった。


「だいぶ意味不明ですね……馬鹿?」

「オマエほんとひどいな……まぁ、今日は否定しねぇけどよ」


 面識のない人間が思いがけない場面に遭遇そうぐうして常識的な度合いで驚いたふうを装いつつ、手近なたなのぞきこんで片手でレコードを見るフリをする。声の感じからも、奥のスペースのふたりが距離をあけて向かいあっている様は想像がついた。雀夜のいつものようにいだ顔も。想像がつかないのは、荒々しさのかたまりのような印象しかなったマジョ狩りの少女が、どうにもしおらしい態度でいることのほうだった。


「いくらなんでもコメントに困ります」と雀夜。

「わたしに音楽の素養がないことは前提としてここへ連れてきたのでは? ライブではユウキさんを――ギターをただ持っているだけなことも知っているはず。あなたをおびき出すために単独ライブもしましたが、伴奏ばんそうを音源まかせにして歌っていただけ。カラオケです。あなたのように声に才能があるとも思いませんし、言われたこともありませんが?」

「才能は関係――いや、まあいい。ギターはイチから教える。なんならほかの楽器でもいい。面倒見ねえとは言ってねえだろ」

「馬鹿の中の馬鹿スペシャルですか? そういうのはお誕生日のドッキリ限定でお願いします。わたしとあなたの関係の話をしているんですが、わかりますか? あなたがわたしに手を焼く必要もなければ、わたしにもあなたと仲直りをする理由がない。まさか、殺されそうになった状況に興奮したとでも? 生命の危機を感じて発情するサルでも交尾まではしませんよ?」

「その口の悪さはあなどってたな。だが、わかってんだよ自分でも、むちゃくちゃ言ってんのは。どう言えばいいのかわからねえ。少なくともオマエらが思ってるよりこないだのことは全然怒ってねえ。そんなことより、オマエを誘うってアイディアが頭から離れねえんだよ。オマエがあの、クソみてえな氷のステージをぶっ壊すのを見たときからずっと。発情はしてねぇぞ?」

「なら、気のせいでしょう。わたしごときのキラメキで、あなたのように才能のある人間が釣れるはずがない」

「関係ねぇよッ。これはオレ自身の確かなアイディアだ。魔力にほだされたんじゃねえ」

「確か、と言うわりにはお粗末ではありませんか。自分がなにをしたいのかもわからないまま、人を巻きこみたいと言っているように聞こえましたが」

「なにをしたいのかは決まってる」


 ふたりで見合う。どちらも興奮していないが、退きもしない。

 しばらく無言があったあと、片方が座っているものをきしませて立ちあがった。


「話は以上ですか?」


 パーティションの上に黒い頭頂部とポニーテールが覗く。ギリギリ目線は越えてこなかったが、ユウキはヒヤリとして背中を丸めた。


「待てよ」と、もう一方の声。「続けるのか、魔法少女?」

「……そんなことはどっちでも関係ありま――」

「オマエが来るなら、オレは辞める。もう二度と変身しねえ」


 振り返りかけていたポニーテールがピタリと止まった。マジョ狩りの少女は、どうやら腰をおろしたまま雀夜を見あげている。


「別にいっしょに辞めてくれって話じゃねえ。潮時だと思ってたオレの都合だ。オマエとやれるなら、もうほかのことは見ねえ。これは、


 ユウキはひそかに息を飲んだ。

 マジョ狩りの少女は、雀夜に攻撃された直後の雀夜とユウキたちの会話を知っているのだろうか。あの会話を聞いて、なにか思うところがあって雀夜を誘っているのか――


 そうであってもなくても、少女はユウキが言いたくても言えない言葉を口にした。ユウキの頭の中を嵐が駆けるには十分だった。


「このエロザル」


 その嵐を、矢が抜ける。


 目線をあげると、ポニーテールが消えていた。例によって背すじを伸ばしたまま腰を曲げ、座っている誰かを覗きこんでいる姿が目に浮かぶ。


「なっ……!?」

「やっぱり発情期でしたか。自分からしか乳が隠れない衣装を着ていることに気づかないフリをしているだけあります。黙って聞いていれば、のぼせあがってなにも見ていない」

「黙ってはなかったろ!?」

「『誰でもいいわけではない』があなたの突破口ですか? 意趣返しにしてはまわりくどすぎると思っていましたが、まさか本気で求愛できる相手を探していたとは。あなたなりの基準で言うところのホンモノとやら。それにピッタリのものを見つけた。だからもう、ないないとぐずるのはやめる。まんま子供じゃありませんか」

「……!?」


 気骨ありげなあのマジョ狩りの少女も、さすがに勢いを殺されたようだった。ほとんど止まりかけのような浅い息づかいが伝わってくる。


 雀夜は眼鏡同士ぶつかりかけるほどの至近距離まで詰めたのかもしれない。ふたたびパーティションの上に見えたポニーテールは、やりきったように今度こそ向きを変えた。

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