4-2-b 本当になんなんですか?


 ジャケットは青緑色に謎のがく模様。今度はイントロから再生する。


 また洋楽だった。旋律のメインはあからさまにデジタルチックなサウンド。たぶんテクノとかいった。魔法少女のライブではいまのところ縁がなかったが、テレビなどではひんぱんに耳にする。へたにガチャガチャと入り交じっていないので聞きやすい曲だ。が――


「これは嫌です」

「イヤ?」


 苦い野菜を出された幼児のような顔で、雀夜はヘッドホンをずらしてアカオをにらんだ。


「なれなれしさがあなたそっくり。エチケット袋は?」

「レコード屋にンなもんねえェよ。なるほどな。それがそういうんだとなると……」


 ややもったいつけた思案顔で、アカオはテーブルの上のではなく近くの小棚からひとつ抜き出す。西洋の騎士がアニメ調のイラストで描かれた黒っぽいジャケットだ。先の二枚より新しそうな円盤を取り出し、またターンテーブルに乗せる。


 再生が始まった途端、雀夜はまた顔をしかめた。


「やかましいですね。バカになりそうです」

「だってよ、店長」

「ちょちょちょアカオくん!? うちの聴かせたの!? ひどくない!?」

「どっちが?」


 パーティションの向こうからこもりがちな悲鳴が聞こえる。アカオはそっけなくいなし、雀夜もなにも聞かなかったことにして、いったんヘッドホンをはずした。


「じゃー、次は……」

「あなたのは?」


 また別のレコードを取り出そうとするアカオの手を、雀夜は止めさせてみた。なんとなく聞いてみただけだが、他人の曲ばかりダシにするのはフェアでない、という感覚がなかったわけでもない。アカオも自信家のようなので誘えば出てくるものと思ったが、当人はなぜかポカンとしていた。


「あなたの曲はないんですかと聞いているのですが。人をニセモノだとか呼んでいましたよね? それはご自分がホンモノだという意味ではないのですか?」

「えー、アカオくん悪役じゃん?」


 パーティションの上から黒いくちばしがニュッと覗く。アカオは眉をつりあげて「シッシッ! 仕事しろバカ!」とくちばしを追いはらったが、仏頂面ぶっちょうづらで視線を泳がせる様はややきまりが悪そうだった。


「……いまは、出せるようなのがねえ。古いの全ボツしたとこでな」

「おや。格好がつきませんね。琉鹿子さんとのデュエルでろうしていたものは?」

「ありゃ全部借り物カヴァーだ。知ってる曲をただなぞって適当につなぎ合わせた単純なメドレー。合成組曲マッシュアップですらねえんだ。一曲一曲向き合ってりゃ誰でもできる。向き合わない魔法少女オマエらだけがやりこなせない、魔法少女オマエらの得意分野だ」

「ほう?」


 雀夜は、あたかもきょを突かれ感服したかのように、ゆっくり首をかしげてみせた。


「ニセモノ相手なら、自分がニセモノを振りかざすのにも抵抗はないと?」

「ああ?」


 怒っていてもハイトーン気味なアカオから、急ににごった太い声が出る。

 お株を奪われたと感じつつ、気にせず雀夜も冷ややかに眺め返した。


 熱気と冷気は混じり合わない。ただ互いを削りつづけるだけ。

 だが、やがてアカオのほうが視線をはずした。


「カヴァーはニセモノって言わねぇんだよ。次行くぞ?」


 そう言ってレコードを取り出そうとする。しかし雀夜はヘッドホンを膝に置いた。


「そろそろなにがしたいのかも教えていただきたいんですが。いつもこうしてデートのたびに一枚ずつ記念になる曲をプレゼントしていく面倒くさい彼氏なんですか?」

「デートじゃねえ。つーかそれメンドイって言ったら店長が死ぬぞ?」

「さっきから僕へのアタリ強くない?」

「聞き耳立ててっからだよ」


 のしのしとした気配がくぐもった嗚咽おえつと共に遠ざかっていく。


 アカオは大きくため息をつき、出しかけていたレコードをジャケットに戻した。それをテーブルにおろし、軽くたたくように指を置いて、雀夜を見た。


「重要なのはだ」

「?」


 いでいた雀夜の目が、わずかに細まる。

 アカオはすでに不機嫌でも、まして得意がるようでもなく、焼き終えた刀のようにまっすぐ雀夜と向きあっている。


「オマエ、実家勢じゃないよな? いまの生活に不満は?」

「……いまの状況が不満ですが?」

「不満なのは〝マジョ狩りだけ〟だった、か。なるほど、だからあんなことが……」


 少し目を離す。後半はひとりごとのように細い声で吐いたあと、かすかに気まずそうな顔つきをした。が、すぐに研ぎ澄まして向き直る。


「不満は現実と隣り合わせ。だが表裏として一体なのは? 理想だ」アカオはよどみなく言い切った。


「不満があるから理想を抱く。欲が出る。羨望せんぼう渇望かつぼう、下心に助平心すけべごころ。勉強しなくてもプロ並みの演奏ができるならなにが不満だ? こうなりたいって理想を持たないまま、行きたい場所も知らねえまま、ただこなすだけになる。だろ? 給食みたいにそこそこ整って出てくるモンを、疑わずだけ。そこそこどころか完璧が当たり前。なら満足だ。現実に満足なら、理想は叶ってるとも信じこむ。不満はゼロ――それが魔法だ。オレには呪いに見えるけどな」


 雀夜も動かず、ただ黙って耳を貸す。実際そうではないかと問われれば、そういう節がなくはないとも認めていた。魔法少女は、自分たちの歌や演奏がいいものか悪いものかを知らず、とりあえず成果だけを見て判断している。それが妥当な基準かどうかも知らずに。


「音楽に正解はねえ。非の打ちどころのなかったフォークソングに、エゴの強いバカ野郎がふらふらしたロックサウンドをあと付けしたらバカ売れしたって例もある。ハルコン★テュポンも負けた。オレがしたことはただの。正解のない音楽に、自分てめえの不満や疑問って名の正直な〝理想エゴ〟を入れてやっただけ。それだけで、サカキ・ルカコはあっけなく道すじを見失った。魔法少女として極上に練りあげてても、結局魔法がくれる〝完璧〟を疑わずにいて、不満と付き合うことも知らなかったからだ。どうしてそうなるかわかるか?」


 アカオの問いに、雀夜は答えない。とうから答えに心当たりがあったとして、なにかしようと動いただろうとも思えない。それは、知らないのと同じ。


「客だ」とアカオ。


「客が理想もなにも音楽には求めてねえ。ヤツらは審査員でも批評家でもなく、ただの通りすがりでヒマなだけ。極上の完璧だろうと、奇跡みたいな0点だろうと、天使どもにはどうだっていい。だから魔獣――マスコットどもにもな。知ってるか? 天使は前のライブを覚えてすらいねぇんだ。満足しようがしまいがそれっきり。追いもしなけりゃ探しもしねえ。あげくに本当は耳もねえと来てる。オレらがあの恥ずかしいカッコで弾いたり歌ったりしたときに起こる魔力の揺らぎ。そいつに反応してはしゃいでるに過ぎねえ」


 そこまで滔々とうとうと語り終え、ずっと前のめりでいたアカオはソファに深く体を預け、脚を組んだ。


「オマエの言うとおりさ。やつら、誰だっていいんだ」

「……聞いていたんですか」

「聞こえた。オマエらを追いだした天使ども、フィールドの閉じ方が雑だったんだろ。とことんそういうやつらさ」

「それで?」


 雀夜は驚きはしたものの、あくまで淡々とうながした。直感だがその〝立ち聞き〟が、今日アカオが接触してきた動機か目的につながるものとも悟る。しかし雀夜は最初から結論にしか興味がない。


 〝ニセモノ〟の話も理解はできた。が、それだけだ。


「音楽の理想、魔法の音楽への不満。あなたが自分で言ったように、魔法少女にとってもすべて無用の長物です。それをあえて植えつけるような真似をして、わたしになにを――」

「オマエももういいんだろ、魔法少女?」


 小柄な体をソファに深く沈めたまま、黒ぶち越しの片目がまたにらんでくる。

 ただ、その目は挑むようではあったものの、ふしぎととげとげしさが消えていた。


「ならよ、オレとバンドやらねぇか?」

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