3-4-b ナメてるんですか?

 短く、しかし真っ向から否定された気がした。なにを、もよくわからないまま、勢いづいていた反動でこはりは攻撃的な気分になる。しかし、


「わたしには、いたたまれなさをしてなぐさめあっているように見えますが」

「ッ!?」


 ズンと、血の気が引く。

 ソファと接している背中に、生ぬるい汗がしみ出してくる。

 それでもまだ奥歯を噛みしめ、こはりは引きつる口の端をめいっぱい持ちあげた。


「よぉぉぉ聞こえんかったわ。もっぺん言うてくれんか?」

「この集まりは傷のなめあいでは? とたずねました」


 雀夜はよどみない。聞かれたから答えた、とばかりに。


「あなたがたは間近で見ていた、琉鹿子さんとマジョ狩りのデュエルを。わたしも見ていました。デュエルの当事者を体験したことがない、このわたしにも理解できた。あのふたりだけのステージに、あなたがた三人が立ち入れる余地は微塵もなかったと」


 こはりには、言いかえす気力が残っていなかった。口の端は持ちあがらない。焚きつけられたような火も胸にない。

 ただ、両どなりの友人たちはまだ、つりあげた目で雀夜をにらんでいた。


「言ってくれるわね」「絽々?」


 あけすけに怒るのはめずらしいほうの友人を見て、こはりは少し目をみはった。


「じゃあ、ここであなたをウサ晴らし用のサンドバッグにしたいと言っても、驚かないのね?」

「驚きますよ。そんなウソをつくとは」

「!?」

「歓迎もしますが」

「!?!?!?」


 しかし、三人まとめてぜんとさせられるまでも早かった。うわと呼ぶにさえ、相手があまりにも異次元めいていたから。


「思い違いをされているようですが、わたしは教えてもらいたいのではなく、ただつき合ってほしいだけ……練習台が欲しいんです。琉鹿子さんに負けたあなたがたに勝てないわたしでは、当然琉鹿子さんには届かない。ましてや、マジョ狩りになど」

「ハッ。正直すぎんだろ……」


 小声でもらしたのは、天井の〝裂け目〟からのぞいていたヨサクだった。「歯に衣着せねえ子だとはちょくちょく思わされてたが、ここまでだったとはな?」声が届かないようステージ・フィールド側に引きつつも、口角があがったぶん口がすべる。


「雀夜ちゃん、マジョ狩りを……」

「らしいな」


 隣りでひよこ色の後輩が夢中で契約者を見つめているのを見て、同じく白いマスコットなヨサクも目を細めた。


「カタキ討ち、のつもりかはわからねえが、なにかしたいとは思ってるわけだ。不器用通りこして、なんつーかもうムリヤリだけどな」

「そんなの知らないッ」


 下で鋭い声がした。前髪目隠しのふわのだ。

 三人のうちで一番小柄な彼女が、ひとり立ちあがってテーブルに身を乗り出していた。


「あんたの練習台につき合っても、ふわたちに得はないもんっ。サンドバックなんて欲しくない。普通に胸くそ悪い!」


 直情的で、それだけに誰よりも強くはっきりした意思表示だったかもしれない。

 なにより、雀夜がついに表情を変えた。眉を広げ、どことなく驚いているような表情に。


「バカですか?」

「ぷぎっ……!?」


 ふわのは凍りついた。雀夜はめずらしい生き物を見る目をしていた。


「てめっ――」友人をさげすまれれば、こはりも黙ってはいられない。しかし、機先を制して「いま、わからなかったでしょうか?」と問うた雀夜の視線の冷たさに、う、と全員が黙りこむ。


「勝ちに行くと、そう言ったつもりですが。マジョ狩りにも、あなた方にも。なぜ最初からサンドバックにできると? ナメていると足もとをすくわれるのではありませんか? 榊琉鹿子のように」


 絶句。

 雀夜を薄情と呼んだこはりですら、いまの言いぐさは笑えなかった。手足の感覚が消えたようにすら思う。


 天井で見ていたマスコット二体も呆然として、白いほうが「お、おいおい……」と意味なくぼやいたのがやっとだった。


「勝てばキラメキが手に入ります。それがメリットです。獲れるだけ獲っていけばいいじゃありませんか。自信があるのでしょう?」


 滔々とうとうと皮肉めいたことまで言い始めたのを受け、こはりはほとんど無意識に「ウチらに勝ちたいんか、負けてもええんか、どっちなんや……」とうめいてしまう。


「おかまいなく、と言っています。あなたがたはなにも気にせず、ただデュエルをすればいい。勝てるなら勝てばいい。わたしも勝つつもりであなたがたに挑みますし、圧倒的な実力差があろうと食らいつく。最悪わたしのキラメキがナメクジほどの大きさになってしまったとしても遠慮はいりませんよ。奪われる前にその小さな石を三人の誰かの尿道に突っこんで最低ひとりは道連れにしてさしあげましょう。尿路結石、痛いそうですよ?」

「なに言ってんだサクちゃん……」


 ヨサクががく然としてつぶやいた。雀夜のあまりの暴投ぶりにだ。


 しかし、彼女のかもし出す雰囲気に流された少女たちは、一斉に青ざめて自分のかんを押さえていた。笑っているのは、顔の見えない暗がりで声を押し殺しているピンク髪の魔法生物だけだった。

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