3-4-a お願いできますか?

 テーブルは入り口側をあけて、三人がけ程度のソファ三台に囲まれている。キトゥンズの三人は各々でそのソファをひとり占めしていた。マスコットのミカゲは、入り口側の隅に立たせてある。


 紫髪のはぎこはりは、一番奥のソファにいた。いましがたまでフレームも紫色の眼鏡ごしに正面をにらんでいたところだ。が、不意にテーブルの下をのぞきこみ始めた友人には、気を取られざるをえなかった。


「なんや、フワ子。どしたん?」

「んーや、気のせい……」


 黒髪によく焼けた黒い肌、きりふわのは長い前髪で今日も目を隠していた。それでもテーブルの上に戻ってきた顔はいぶかしんでいるのがよくわかる。目をパチパチさせただけのこはりと違い、向かいに腰かける幡多はたぞめはストローから口を離して眉をひそめた。


「ふわの、また変なパンツはいてるんでしょう? 警戒するならやめればいいのに」

「レースバチバチ絽々さんに言われたくないんですけど」

「透け感は透けないんです」


 肩丈ボブでそろえたくり色の巻き毛を払い、絽々はふたたびミルクティーを吸い始める。


 彼女との口論なのか足もとの違和感なのか、ふわのはまだ納得いかない様子だった。こはりは鼻白みつつも緊張の糸を張り直すべく、視線を無理やり正面に戻す。


 テーブルから見てソファのない向きに、一応見覚えのある顔が立っている。

 ふわのほどではないが長い黒髪をポニーテールにした、メタルフレームの眼鏡の少女だ。いましがたさくと名乗った。


 三人が座っているせいもあるが、あいかわらずとても背が高く見える。うしろに同じくらい長身のミカゲがひかえていなければ、威圧感がしてもう少し戸惑っただろう。背すじがピンと伸びているせいもあるかもしれない。

 一方で、顔つきは無害そうにいでいた。が、いつか高慢ちきな同級生といっしょに現れたときの態度を思い起こし、こはりは警戒をゆるめず頬をゆがめた。


「ンでぇ? 用件だけで言うてな。ここ時間タダやないねん」

「あなたはどんなパンツを?」

「は?」


 思わずあごが落ちた。一瞬、なにを聞かれたのかわからないまでに思考がフリーズする。我に返っても結局耳を疑ったが、怒ってどやしかえす前にふわのが横から口をはさんだ。


「こはりは青の水玉」

「なんで知っとんねん!」

「ちなみにわたしは――」

「なんで教えんねんッ!?」

「時間タダじゃないんじゃなかったの……?」


 茶々を優先したふわのと話を広げかけた雀夜と逐一ちくいちつっこむこはりまで、笑顔を引きつらせた絽々がまとめてたしなめる。こはりは顔を赤くしたが、それが話題のせいか自分の律義さを恥じたせいか自分でわからなくなってさらに奥歯を噛んだ。


「くっ……意味わからんやっちゃ。なんやねん、わざわざミカゲ通してまで、突然よってから。まさか、琉鹿子の見舞いに来いとか言いださんやろうな?」


 琉鹿子――

 その名前を口に出せば、真面目につきあう気のなさそうなふわのも、露骨に迷惑がっている絽々も態度をこわばらせる。ふたりとも雀夜の顔は覚えているはずだが、つとめて知らないフリをしたいようでもあった。


 対し、雀夜の顔色は変わらない。ただ、不意にその手が持ちあがり、よどみもためらいもなく胸に置かれた。


「わたしとデュエルを」


 沈黙が吹き込む。

 意外にも、最初に反応したのは、照明の届かない暗がりで壁に背を預けている長身の魔法生物だった。腕組みをしたまま感心したように、ほう、と息を吐いたように見えた。


 三人の魔法少女は、わかりやすくポカンとしていた。口を半びらきにしたまま、無心で雀夜の顔をながめる。ただ、まばたき以外は身じろぎもしない雀夜を見ていて、徐々に徐々に、三人三様、窓の外に幽霊を見たような顔に変わっていった。


「……はぁ?」

「あの、意味がわからないんだけど……」


 声をもらすのがやっとだったこはりに代わり、巻き毛の絽々が遠慮がちにたずねた。雀夜はやはり凪いだままの顔で、手だけをおろす。


「言葉どおりです。デュエルの相手をお願いしています。皆さんに」

「や、じゃけえだから、その理由がわからんて言うとるんや」

「必要ですか?」

「はぁぁぁ?」


 こはりは言葉を継ぐために指で眼鏡を直そうとしていた。それが逆に眼鏡をずり落ちさせてしまった。先ほどから何度耳を疑っただろう。誰のせいか。当の雀夜は迷いと名のつくものからはひたすら縁遠そうに涼しい顔。


「わたしはまだ、デュエルをしたことがありません。これから琉鹿子さんに学ぶところでしたが、その琉鹿子さんが倒れてしまったので、代わりの人を探しています」

「代わりって……」これにはふわのが声を低めた。「どういう神経?」


 こはりはしかし、ここで突然ピンときた。

 軽く安心して頬をゆるめ、調子づいて「ハーン」と鼻まで鳴らす。


「ずいぶん礼儀知らずやとは思っちょったけど、輪をかけて薄情やねんな、ジブン。まーあんなのが師匠じゃもん。存外、理由つけていつか離れちゃるて決めとったんやないか?」


 雀夜は答えない。反応らしい反応もない。ただ、返事がないのもいまのこはりには肯定に取れて、ソファへ沈むようにどかっと背中を預けた。


「けど、ウチらあいにく弟子入りは募集してない。あとデュエルもな。琉鹿子の大負け見てからずーっと打ちあげ気分やねん。知っとるか? あの場でウチら配信もしとったこと」


 舌がなめらかになり、せきを切ったように思い出をひけらかしたくなる。人間を聞き役に立てるのは気分がよかった。


「配信見れるんは魔法少女限定やけどな。それでもあの琉鹿子とマジョ狩りのデュエルじゃけえ、みんなが見とった。ほんまいい気味やで。おかげで弱い者いじめでウサ晴らしする気には、これっぽっちもなれんけえ」

「そうですか?」

「あん?」

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