2-2 緊急事態ですか?

 幸いパッカー車内のプレス機は動いておらず、ユウキは外扉とプレス機のすき間にはさまっていただけだった。

 ヨサクがマスコットの姿で飛んで車に追いつき、人間モードに戻って停車させるまでがひと仕事だったが、あとはすんなり事なきを得た。ただ、必死に謝り倒していた収集作業員たちも、なにがどうなってその事態になったのかはわかっていなさそうだった。


「落ちついたか、ユウキ?」

「は、ぁい、なんとか……」


 どうにかパッカー車を見送り終えてから、ヨサクは道ばたにしゃがみこんでいるひよこ色の頭を見おろした。ぎこちない返事そのままのだるそうな姿だ。ヨサクも眉間のしわをより深める。


「いつからだ?」

「……昨日、くらいからですよ。あ、まぁ、しびれは先週からありましたけど……」


 額を押さえたヨサクが盛大にため息をつく。ユウキは目だけでそれを見あげた。


「すいません……来週までは、もつと思ってたんですけど……」

「いや……俺も不注意だった。初回以外お前らのライブは見れてねえし、一度も聞かなかったからな」

「ちょっと、どうしたの、あんたたち?」


 苦々しげにヨサクが返したところへ三人目の声。ヨサクとユウキが同時に顔をあげる。


 ベージュ色のパンツスーツ姿で、赤いショートヘアの女性が近くにたたずんでいた。「キッカさん……」とか細い声でユウキが呼ぶと、新緑色の目が暗くくもる。


「華灯がアパートの前で泣いてたんだけど……?」

「やべ、忘れてたっ!」

「ひとまず部屋に入れたわ。それより、ユウキくん?」


 焦り顔をしたヨサクをなだめつつ、白い顔をしたユウキを険しい顔で見やる。「いったい、なにしたの? それ……」とキッカが問うと、条件反射らしくユウキは愛想笑いを浮かべた。


「なにといえば、その……ライブを」

「は?」キッカは目をまるくした。「ライブって……まさか!?」


 声を大きくしながらぐるりと視線を隣りの白髪しらが頭へキッカは移した。その白髪頭はあさってのほうへ旋毛つむじを向け、鼻先をかきつつ口先をもごもごさせる。


「まあ、ほれ。……ダメって決まりはないしな?」

「決まりはないって……じゃ、ずっと出てたの!? 魔楽器状態で、マジカル★ライブに!?」

「ほぼ毎晩」


 急にひらき直ってヨサクは肩をすくめてみせた。キッカはぜんとしどおしだ。


 体が魔力でできている魔法生物マスコットは病気になどならない。体調を崩すとすれば、魔力がかつしたときだけ。日常生活、人間界で魔法はそもそも使えないようにされているのだから、どこで無茶をしたのかは明々白々だった。


「うちの方針じゃ、極力当人たちに選ばせることになっててな」

「だからって、出ずっぱりは無茶よ。契約したてじゃ魔力支給も追いつかないでしょう? せめて言ってくれてれば……」

「そこに関しちゃ俺も見方が甘かったよ。補助輪くらいのつもりなんだと思ってたが、ユウキ、ほとんど自分でいでたな?」

「……すいません」


 雀夜のマジカル★ライブに魔楽器ギターとして出つづけたのは、ユウキ自身の希望だ。


 魔法少女の得手えて不得手ふえてをカテゴリ分けした《特性》というものがある。たとえば琉鹿子の《輻輳ふくそう特性》は、音が複雑にからみ合うような場面でも、ねらった和音と旋律せんりつを正確に目立たせるようなことを得意とする。反面、独奏どくそうや独唱のポテンシャルは並だ。


 魔力分析の結果、雀夜こと魔法少女『ジャギー★ロッダ―』は《低音特性》。単に低音域の演奏が得意なだけでなく、魔法の出力時に魔力の損失が非常に少なく済む特性だ。魔力量キラメキ消灯ロスト寸前とまで言われた雀夜にとって恩恵おんけいは決して小さくなかったが、反面、複雑な魔法操作は苦手とする。真価は単発大魔法の使用時であるだけに、成果へつながるにはいまひとつだった。だからせめて魔楽器一台でもまともに動かせるようになるまではと、ユウキは補助を申し出た。

 ただ、あくまで補助とそのときは言った。思いはもうひとつあったのだが。


「正直、もうしばらくは、雀夜ちゃんにマジカル★ライブを楽しんでいてほしくて……」

「……」


 ぐったりしながらも告白をしきったユウキを見て、さすがのキッカも物言わず、つりあがっていた眉をハの字に落とすよりほかなかった。黙りこむ後輩たちを見て、ヨサクだけがしかたなさそうに頬をゆるめる。


「ま、俺もいますぐサクちゃんにひとり立ちさせたいとは思っちゃいねえさ。大事な稼ぎがしらのタマゴだしな」

「ちょっと。だからってこれ以上は」

「わかってる、させねえよ。先々週の支給で回復もしきってなかった。結果が出だしてるとはいえ、次の支給でトントンまで行くかもわからねえ。当面ユウキはサクちゃんといっしょにライブ禁止だ。ヘロヘロでやって損失増やすほうがあぶねぇだろ?」

「そうですね……すいません」


 やや気落ちした様子で視線を落としたユウキに、ヨサクは「まだ謝んな」と釘を刺すように言った。


「とりあえず再来週の魔力支給を待って、その結果を見つつもっぺん話し合いだ。実際いつかは補助輪も外さなきゃならねえ。あんまギリギリでばっかやってると、管理局がなにか言ってこないとも限らねえしな」

「賢明ね。ある意味ちょうどよかったし」

「ちょうど?」


 キッカが言いえたことで、ヨサクが顔をあげて眉をひそめた。するとキッカのほうも「会報。どうせ読まずに捨ててるでしょ」と声を低めてにらみ返す。


「『マジョ狩り』が出たの。いまはその話で持ちきり」

「マジョ狩りぃ?」


 ヨサクは急に怒ったような様子で声をあらげかけた。しかし、すぐに視線を落とし、あごに手を当てると、「そいつは……ちと、面倒だな」と、どこか切なそうにつぶやいた。

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