ウィッチ・ザ・ロックと呼ばせんな!

ヨドミバチ

Chapter 1 READY STEADY GO??

1-1 ほべつってなんですか?

 ――パパになれ、ユウキ。



 うさんくさすぎた助言が福音のように思いだされ、ユウキはついに覚悟を決めた。


 駅裏にあるビジネスホテル四階の一室。ダブルベッドのふちに背すじを伸ばしてユウキはこしかけている。

 シャワールームからは水音。聞こえはじめて、まだ五分にも満たない。


 かべづけの鏡を見る。もらわれてきたばかりの子犬のような顔をした若い男がそこにいる。

 下がりまゆで中性的。髪は明るい色で、さらりとして清潔感せいけつかんもある。誠実さの黒目。白いジャケットスーツに黒いシャツと白ネクタイで、フォーマルを維持いじしつつ圧迫しないカジュアル感も演出した。


 すべて、コミューンリーダーであるヨサクのアドバイスにのっとった選択。今日この機会を得たのも、最初からヨサクのサポートありき。


 しかし、流れでホテルまで来てしまったことはユウキの責任だった。最初から一度もうまく話せてなどいない。いまからこじれないように説明できる自信もあるはずがない。怒らせて元も子もなくなるかもしれない。


 それでも、あの経験豊富な大先輩が引き合わせくれた機会なのだ。だいいちだってない。彼女がシャワーから出てきたときこそ、ユウキにとって最後のチャンス。


 水音がやむ。

 思っていたよりは早い。しかし、ユウキの胸にともった火は揺るがない。


 脳裏にヨサクの声がよみがえる。


 ――時間だ。なってこい、パパに。

「……なります、先輩!」


 小声で気合いを入れたところで、浴室の扉がひらいた。

 したたる水が床を濡らす。


 勢いよく振り向いたユウキは、一瞬で胸の火を吹き消され、固まってしまった。


 れた黒髪を肌に貼りつけ、一切に衣類をまとっていない少女がそこに立っていた。かろうじてタオルを首にかけているが、水気を吸い取る以外になんら意味はない。女性にしては高い背丈に、ほっそりとしたボディラインがよく映える。上気した肌は白く、つやを得て光っている。

 衣類、ではないだろうが、出会ったときからかけているメタルフレームの眼鏡だけが、いまは彼女の唯一の装身具だった。その奥にのぞく目にはあいかわらず温度がなく、電車に乗って窓の外をながめている人のように無機質で平然としている。ほほが色づいているのは湯を浴びてぬくもったためで、それ以外のなんでもないと見て取れてしまう。


 その恥じらいのなさも含め、想定を超える事態にユウキの頭の中ではたちまち困惑こんわくの嵐が吹き荒れた。


 第一印象は飾り気のない地味な子だった。化粧気もなく、美人のうちには入るかもしれないが、記憶には残りづらそうな顔をしている。SNSで出会いを探すようなタイプには見えないというのが、ユウキの正直な所見でもあった。だからこそ、他人とホテルに入るのが不慣れなら話をしやすいかもしれないと、下心があったことも否めないが。


 しかし、目の前にいる彼女の堂々たる様――さっさとシャワーへ向かった時点でかすかに違和感を抱いてはいたが、もしやという考えがユウキの頭にも湧いてくる。


「どうぞ」とだしぬけに彼女が言った。

 固まっていたユウキは「へっ?」と奇妙に高い声で応じてしまう。若さのわりに低く重みさえある彼女の声と、比ぶべくもないほど情けない声だった。


 しかし彼女は気にしたふうもなく、「次を」と短く付け足して、目線でシャワーへ行くよううながした。


「あっ!? いやッ、ボクはっ、その……」

「……? 待ちきれなくなった、とかですか?」


 泡を食ってまごつくユウキを見て、小首をかしげた彼女はそんなことまで平然と口にする。いよいよもってユウキは目を白黒させた。


「や、えぇっと……もしかして、こういうの慣れてる?」


 慣れてる場合は勝手が違うから気をつけろ、とは大先輩ヨサクの教えだった。が、


「いえ、初めてです」

「初めて!?」

「はい。ああ、これはこのほうが、話が早いと思ったので」


 ユウキの問いの意味を悟ったらしい彼女が、濡れたままの胸元にそっと手を当てる。目立つほどでもないが立派にふくらんだ肌に指が沈み、そこから鎖骨までであげるしぐさには十代半ばと思えないようなすごみがあった。ユウキも思わず生唾なまつばを飲む。


「謎の長い導入をカットしてみました」

「謎の長い導入!?」

「常態化しているということは、需要があるのかもしれませんが……で、どうしますか?」

「は、はいっ?」

「お風呂。あるいは、いっしょに入ってほしいとか」

「ああ! えっ、や、そうじゃなくてっ……!」

「なしでもかまいませんよ? タイパはいいですし。ただ先に条件の話を」

「や、そういうのでもなくて……ッ」

「……?」


 さすがに淡々としていた彼女も、いぶかしげに目を細めはじめた。焦りうろたえながらもユウキは必死に頭を整理し、「条件……そうだっ、条件は!」と、思いがけず彼女の言葉から拾いあげたものをつかんで、ベッドから立ちあがった。


「お願いがあって! その、きみに……!」


 身長は武器になる、とヨサクは言っていた。思いきって180センチに設定しておいたおかげで、目の前にいるやや規格はずれな少女と向き合っても余裕がある。ただし、そのぶん威圧しないようにな、ともしつこいくらい言われていた。白いスーツ、サラサラの金髪、黒い目とトゲのない顔立ち。技術に自信のなかったユウキは、先輩の意見を素直に取り入れ、徹底的てっていてきに研究もしてこの人間の姿アバター申請しんせいし登録した。


 にもかかわらず、いまや詰め寄るような態度で、しかも一糸まとわぬ無防備な少女を相手に興奮した面持ちで、ユウキは話をしようとしていた。元々そうすることでしか持ちだせないほどに、自分にとっても、そして彼女にとっても、長い長いこれから先の未来のにかかわる、重たくて大切な話だっただけに。


 言葉にしてしまえば驚くほど軽い〝お願い〟だから、ユウキは姿勢を正してまっすぐにこうべを垂れ、そして口にした。






「ボクの、魔法少女になってくださいっ!」








「…………なるほど。愛人契約」

「え?」



   ――Let's get started! Ready steady....?(さぁ、いくよ! 用意はいい?)

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