LIFE
鷹宮スイ
砂
子供のころ、星の形をした砂が流行った。松宮はそのころのことを今でも思い出すことがある。
例えば、お祭りのクジの景品やパーティーのちょっとしたプレゼントには、決まってこの星の砂が登場した。
今思えば、うんざりするくらいの登場頻度だった。
松宮が小学生の頃の話である。
砂の形には良し悪しがあった。
人間と同じで、十人十色だった。
その中には、人工的に調整されたような美しい星形が存在していた。
松宮は1 度だけそれをもらったことがある。正確には、もらいかけた、というほうがしっくりとくる。小学校低学年のときだ。
年上の女の子が突然「君にあげるよ」と松宮にくれた。日曜の学校のグラウンドで開かれたイベントでのことだった。仲がいいわけでもなく、話したこともそれほどなかったと思う。イベントが終わり、参加者が散り散りとしていく中で、多くの者が不自然に興奮していた。日曜に学校のグラウンドで授業でも部活でもないイベントが行われて、見慣れたはずの場所は、非日常的な様相を呈していた。
そのとき、隣にエモーと呼ばれていた外国人のような顔をした色白の同級生がやってきた。
年上の女の子はエモーのことを初めてみたらしかった。彼女は、とても驚いた顔をしていた。その表情には隠されている感情があった。誰にも触ってほしくない奥の奥をくすぐられてしまったのかもしれない。そんなことをされたら、感情は浸食されて、理性は乱れてしまってもしかたない。
年上の女の子はエモーを見つめながら「君のほうがかわいいね」と言った。
そして、松宮の手の中から紙に包んだ美しい星形の砂をむしりとった。女の子の顔はひどく歪んでいた。そこにはたっぷりと罪悪感がふりかけられていた。顔面から、異臭さえした気がした。
「君にあげるよ、やっぱり」と年上の女の子はエモーに言った。
そのときの声には、既に罪悪感は消えていた。かわりに安堵がにじみ出ていた。
「ありがとうございます」とエモーは言った。
満遍の笑顔で、エモーは答えた。
それなのに、10分もしないうちに「こんなもんゴミじゃん」と言った。
エモーは校舎裏にある焼却炉の中に星の砂を投げ捨てた。
松宮は校舎の影から見ていた。
エモーは松宮から星の砂を奪いとりたかっただけで、どうしても星の砂が欲しかったわけでもない。年上の女の子の気をひきたかったわけでもなかった。
そんなこと、松宮にもわかっていた。だから後を尾けたのだ。
焼却炉の中に投げ捨てられた星の砂は、どこからどうみても確かにゴミだった。さっきまではあんなに煌めいてみえたのに、ちょっとした気まぐれとほんの些細な悪意が介在するだけで、宝物も一瞬でゴミと化すことを松宮はそのときに知った。
悲嘆に暮れる松宮の背後に、それを監視していたガッスンがいた。
「そりゃそうだろよぉ」ガッスンは言った。ガッスン、ガッスンと笑っていた。それが呼び名の由来である。風変わりな笑い方をする男だった。
「そりゃそうだろよぉ」というのもガッスンの口癖だった。
ガッスンのことを「気持ち悪い」と陰口を言う女子が何人かいたのを松宮は覚えている。だが、陰口を言う女子はまだマシだったのかもしれない。
多くの女子は、ガッスンの存在そのものを認めていなかったのである。
ガッスンは松宮に、星の砂の正体を教えてくれた。
焼却炉に捨てられた星の砂をみながら、彼は何度かガッスン、ガッスンと笑った。
そして、言った。
微生物の抜け殻。
それが星の砂の正体だった。
その日の夕方、ガッスンの家に行った。父親のものだという顕微鏡で星の砂をみるように勧められたのだ。
星の砂はみためよりも、実際には不恰好だった。どれほど形の正確なものを選んでみても、結果は同じで不格好だった。
「よくみたら、ひどいもんだよ。人間、人間。人間といっしょ」ガッスンは言った。
それから10年以上経って、松宮が女性というものを知ったとき、思い出したのがガッスンのこの言葉だった。
「あれ?」星の砂を観察していた松宮は驚いた。
ガッスンは、ガッスン、ガッスン、と笑った。
星の砂の表面に「×××」(女性の性器を示す隠語)と書かれていた。他にも女性の性器の落書きやクラスの女子を罵ることばもそこにはみることができた。
ガッスンが日常で得た不快は、肉眼では決してとらえることのできない世界に閉じ込められていたのだ。
美しいはずの星の砂には、微生物の抜け殻という正体がある。ガッスンはさらに、そこに自分の世界を浸透させていたのだった。
ガッスンはのちに、米粒に絵を描くアーティストとして成功する。だが、アーティストとしての名前はまったく別のものを用いていたので、そのことを知る当時の同級生はいなかった。
星の砂事件から20年くらいして、テレビで地元のニュースが流れた。
松宮は職場のテレビで、たまたま観ていた。
同い年の男たち2人がトラブルになり、最終的には1人が殴り殺された、というニュースだった。
被疑者は、自称米粒アーティストだと、アナウンサーが告げた。被害者は、エモーだった。
事件の発端は、とても小さなことだった。
ガッスンは自宅の玄関扉を開けておくための、支えにする専用の石を持っていた。玄関扉の近くにおいていたのである。
エモーはそのとき酔っ払っていた。
真夜中のことである。
エモーは、駅からの帰り道にガッスンの実家の前を通りかかった。何を思ったのか、エモーは以前から気になっていた石を掴んだ。そして、目の前のドブ川に投げ捨てた。エモーは泥酔していた。意味不明な内容のことを、ずいぶん長い間そこに居座っていたらしく、大声で叫んでいたらしい。
ガッスンは目を醒まして、外へ出た。
同窓会の帰りなのだと、エモーはガッスンに言った。そして、ついさっき学年1番の人気者だった××ちゃんとホテルで一発してきたところだと、自慢した。そんなことを自慢する年齢ではないし、××ちゃんには夫も子供もいた。
玄関に置かれた木製のバットをガッスンは掴んだ。ガッスンはバットを勢いよく振り上げて、エモーの頭部を殴りつけて、撲殺した。それから、ドブ川へ押しだすようにして捨てた。
捜査によると、ガッスンは石に所有権があることを繰り返し主張した。
それを侵害されたから攻撃したのだと供述した。
最初、捜査員にはガッスンが何のことを説明しているのか、さっぱりわからなかった。だが、石を調べていくと、そこにはこんなことが書かれていた。
「この石は×××(ガッスンの本名)のものである。つまりこれを書いている私のものだ。これを理由もなく他人が盗んだり破棄した場合は、愛用の××選手モデルの木製バットで頭をなぐります。そのせいで、負傷したり、後遺症が残ったり、死亡したとしても、私は一切の責任を負いません。×××(ガッスンの本名)」
文字は、恐ろしく小さなものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます