第5話 悪魔憑き①
アナスタシア様が我が家に嫁いで1週間が経った。
その間、俺たちの間には何も無かった。
うん、驚く程に何も無かった。なんなら初日以降、アナスタシア様は自室に引きこもられて話すどころか顔も合わせていない。
これ、本当に婚約ですか?
食事の機会も自室にひきこもられているので会う口実を作ることも難しい状態だ。
まぁ?分からんでもないよ?だって俺は貴族の中でも悪名高いし、巷では「悪鬼」なんて呼ばれるしさ?
アナスタシア様も暴虐で傲慢な人だと思ってるんでしょーけどさ?
口も聞きたくなければ顔も合わせたくないんでしょうけどさ?
気持ちは分かるけどさすがにここまで徹底されると俺もちょっとは傷つく。
何より辛いのはそんな兄を心配するような目で見てくる弟と妹の存在だ。こんなことで兄としての威厳は落としたくはないのだが……。
ちなみに母上はこの状況でもニコニコするだけだった。
そういえば、アナスタシア様について1つ分かったことがあった。王都で今も流れているであろうアナスタシア様の噂の1つ
『アナスタシア様は実は悪女である』
という噂がある。なんでも市民から金を巻き上げ私腹を肥やしているとか。
これは真っ赤な嘘だと分かった。
いつも料理をとどける使用人から聞いた話だがアナスタシア様は毎回料理を持って行った使用人に感謝の言葉を述べており、料理も毎回残すことなく食べているそうだ。
うちの料理は公爵家と比べればお世辞にも美味しいとは言えない。そんな料理を毎回食べてくれているのだ。
そんな人が私腹を肥やしていたりだとか癇癪を起こしたりするとはとても思えない。
ということで1つアナスタシア様について知れた。
逆に言えばこれ以外の情報は未だわかってないんだがな……。
まるで恋する乙女のようにアナスタシア様ことを考えながら業務に励んでいると馬の音が聞こえてきた。
待ち望んでいた調査の結果が来たのだ。
「坊ちゃん、お待たせいたしました。王都への派遣部隊が帰ってきたのでその報告に参りました」
コンコンとノックの後にセバースの声が聞こえた。
「あぁ、入れ」
「それで結果はどうだった?」
「結果は全てこちらの調査書にまとめてあります」
そう言ってセバースが俺に渡してきたのは分厚い冊子だ。
これ、全部アナスタシア様に関するものなのだろうか?だとするとどれだけ話題になってるんだ……。
「………想像以上だな……」
「えぇ、しかしその内容はその厚さに相応しい内容になっております」
今行っている業務を中断して直ぐに俺は冊子に目を通した。その間セバースは黙って部屋の隅で直立してくれる。
しばらくの間、俺の部屋にはパラ…パラ…と紙をめくる音だけが響く。
「………想像以上だな……」
「えぇ…そうですね…」
「想像以上に
あまりの話に頭が痛くなった俺はこの感情を落ち着けることも兼ねて頭の中で話を整理する。
この世界には魔法がある。魔法というのは魔力を媒体にして発動される科学的には証明出来ないものだ。魔力はこの世界のあらゆるところに存在している。勿論生物の中にもだ。
この世界の生物が魔法を使えるのは体内にある魔力を媒体にしているからだ。使った魔力は体外に消費されて行く。
ここまでは分かっていることらしいのだが、ここから先は未だにわかっていないことが多い話が多くなる。
失った魔力は二度と回復しないのか?それは否だ。時間が経てば魔力は徐々に回復する。しかし、その回復方法は未だに不明で有力な説は2つ。1つは体外の魔力を皮膚呼吸のように取り込んで回復しているという説。もう1つは体内に魔力の生成器官があり、そこから魔力が作られているという説。
魔力と人の体についての関係は未だにブラックボックスなことが多い。
前世の世界では俺が生きていた頃を基準に考えると約20万年前に新人が誕生したのに対して科学、まぁ文明が始まったのは5000年前だ。そしてそこから近代科学に至るまで4000年以上もかかっているわけだからな。
こちらでは科学の代わりに魔法が発達している。が、その研究は精々1000年前から行われ始めて魔法の研究が活発になったのは100年ほど前からだ。未知なことが多いのも頷ける。
では、その1000年前、世界はどうなっていたのか。
ここからは神話のような話になっている。
端的に言えばその世界では悪魔が存在した。前世のイメージ通り邪悪に満ちた存在だったのだろう。
その頃魔法というのは悪魔の特権だったんだ。それゆえ悪魔は絶対的な力を誇った。
その悪魔の王様、それが魔王だ。
人間はその頃奴隷のようなものだ。その事態に立ち上がったのが初代勇者さんって訳だ。
信じられんが勇者さんは悪魔を魔法も使えない身で倒しちゃったらしいよ。いやー、びっくりだわ。
それを見た神様もびっくり仰天。そんな勇姿に惚れた神様は人間にも魔法が使えるように祝福を、特別な人間(初代勇者とその仲間だな)にはさらなる祝福を与えた。精霊の加護だ。
精霊とは俺たち目には見えないから色々諸説あるんだけど、魔力の結晶とも神様の子供とも魔法の発生元とも言われてる。
面白いのはその精霊の存在なんだよなぁ。
そもそも悪魔だけが魔法を使えたのはその精霊を悪魔が独り占めしていたからじゃないかって説がある。これは個人的に面白くて気に入ってる。
で、神様が勇者たちに与えた精霊は特別な精霊たちで教典では大精霊って呼ばれてるらしい。
そこから勇者の快進撃が始まり、とうとう魔王を倒すまでに至った。
それが初代勇者の伝説だ。
そして捉えられていた精霊たちも解放され世界に魔力が広がり、今の世界になった。
…………っていうのが一般的に広がっている教典の話だ。
だが、現実は違う。
全ての悪魔を討伐出来たわけではないのだ。まぁ、やはり戦える人が少なすぎたのだ。それゆえ取りこぼしなんかは生じてしまう。そのような悪魔は形を変えて生き残ったんだ。
精霊の正体のひとつに魔力の塊って言うのがあったのは、精霊が目に見えないからだ。悪魔も同じく精霊のように見えない存在に変異した。
話は変わるが人の中に存在する魔力。それも同じく目に見えない。なのになぜ体内で魔力が生成されているなんて言う説が現れたと思う?
この世界でも解剖学は存在する。そのような専用の臓器がないことは分かりきっていたのに、だ。
その答えはある現象によって考えられていた。
魔力は感情に影響される。
簡単に言えば死にかけになれば火事場の馬鹿力が出るように魔力も大量に使えるという訳だ。その現象から体内に臓器があるのでは?という説が流れた。
問題はそれにある。
感情には喜びや楽しみのような正の感情がある一方で憎しみ、恨み、怒りのような負の感情も存在する。
正の感情と負の感情。強いのはどちらだろうか?
持論だが俺は後者だ。
理解できないような絶望を味わうとそれは次に怒りと憎しみに変わる。その感情はもはや人が制御出来る域では無い。感情の制御が出来ない状態では魔力が溢れて止まらなくなる。
それを悪魔は見逃さない。
そのような人間に甘言を囁き、悪魔は体を乗っ取り再び現世に君臨する。
そのような人間を悪魔憑きと呼ぶ。
そうなってしまえばもはや怪物と呼ぶ他ない。
────────────
三連休だよ!3日間、2話投稿にします!
秋の読書を楽しんで!
ストック無ぇ…
次は本日の12時にさせて…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます