丁寧な暮らしをする吸血鬼

ブルマ提督

一人暮らしを満喫し、日々の生活をこなす吸血鬼

「シモンズの棺はやはり寝やすい」

 まだ夕日が落ちかけている黄昏時。私は目を覚まし、カーテンを開ける。オレンジの光が少し目に悪いが、目を覚ますにはちょうど良い刺激だ。

 蓋を壁にかけ、布団と枕を物干しざおとやらにかけておく。ネットで見て気になったが、見た目とは裏腹にかなり便利な品物だ。

 寝具の湿気をとっている間、棺の中を丁寧に掃除する。粘着シートがついている棒で髪の毛や細かい糸くずをとっていく。

「コロコロとやらは、便利だな」

 棺の中の掃除を終えると、かけておいた枕と布団を中に戻す。そういえば、この前見た動画サイトで面白い動画があったな。

「『世界を変えたければ、ベッドメイキングから始めろ』か……」

 すぐに寝られるよう準備をする。棺の蓋は寝る直前までは閉めない。空気がこもり快適に眠れなくなるからだ。

 掃除を終え、窓をあけ換気を行う。夕暮れの涼しい風を浴びながら、動画サイトを開いてヨガを楽しむ。

(今日は、記事の依頼が3件と執筆が3本だったな……)

 頭の中で今日の仕事を整理する。ヨガマットを片付け、洗面台へと向かう。




 ヘアバンドで髪をまとめ、冷たい水で顔を洗う。吸血鬼は鏡に映らないため、きちんと洗えているかが不安が残る。

 蛇口をひねり、水を出して触る。痛みにも近い冷たさで顔をしかめるも、銀と違いすぐに慣れる。

 ジェルタイプの洗顔料を出して、顔を洗う。目の前の鏡を見ても、そこには何も映っていない。

「昔なら、人を雇ったんだがな……」

 人がまだアメリカ大陸を知らない時代の話だ。求人を出せば、高い賃金と『三食食事つき、寝床あり』に誘われて人間が次々と屋敷に入ってきた。

 身支度も、その人間たちにやらせていた。

 今は、出さない。すぐにSNSで拡散され、住所がばれてしまうからだ。一度、ばれかけてしまったため以後は自分で身支度をしている。

 ジェル洗顔は楽だ。顔を触れば、洗い残しがわかりやすいためである。

 タオルで優しく水気をとり、スプレータイプの化粧水をつけて乳液で蓋をする。




 キッチンに向かい、ワインと血液を温める。寝起きは内臓の動きが鈍く、暖かいものを飲み体温を上げて一日を快適に過ごした方がいい。

 沸騰する直前で引き上げる。白いカップにワインを、血液は以前購入したウェッジウッドの皿に移す。

 もう一枚の小さな皿にはバターロールを一つおく。シミ一つないテーブルクロスを引きその上にテーブルマットを置く。マットの両脇に木のカトラリーを置いて、最後に食器を置けば食卓の完成だ。

「それでは、いただくとしよう」

 木のスプーンで血液をすくい飲み込む。

「やはり処女の血は良い。まろやかでありながら、コクがある」

 パンにつけて食べ、ワインを飲む。

 一通り食事を終え、片付けを始める。皿やカトラリーを洗い、水気を拭き取り、それぞれの引き出しにしまっていく。

 ベランダにあるマンドラゴラに水をやる。本体を抜かなければ叫ばないそれは、見た目にはただの人参のように見えた。水を貰えてうれしいのか、きゃっきゃと子供の笑い声をあげるマンドラゴラ。

 その様子を見つつ、部屋に戻り背伸びをする。




「さて、仕事だ」

 書斎に行き、パソコンを立ち上げて仕事を始める。必要最低限の物しか置いてないため、集中して仕事をすることが出来る。

 私の仕事は……人間でいうと『作家』か。

 どうやら私の書くものは、人間に受けているようだ。時折、本を出して金を稼いでいる。

 自分のブログに文章を書き、依頼を受けた記事を書いていく。

 人間と仕事をしていて思うことは、色々ある。食事の種類が多すぎるとか、言語が多いとかもある。

 だが、私が一番思ったことは。

「人間とは、不規則な時間に生活する不健康な生き物だな」

 朝に起きているものもいれば、昼に起きるものもいる。私と同じく、夜に起きるものもだ。

 不規則ではないだろうか。聞いたところによると、食事の時間もバラバラらしい。誰と食べるのか、何を食べるのか、いつ食べるのか全てが全く違う。

 人間とは実に不規則な生き物だ。

 その点、吸血鬼はどうだ。規則的かつ、美しい生活だと自負している。月とともに起床し、朝日とともに眠る。

 人間は不規則な生活をしているのだが、血液だけは非常に美味だ。他の血液も飲んだうえでの判断だ。私の舌がおかしいのか、最近購入した遠心分離機のおかげかはわからない。

 ふと時計を見ると、すでに3時だ。集中力が切れると茶をいれるようにしている。

 昔はただ飲めればいいと思ったが、丁寧に茶を淹れるとこれが落ち着くのだ。戸棚から、人間の友人からプレゼントとして贈られたマイセンの白いティーセットを取り出す。

 今日の茶葉はスリランカのヌワラエリアだ。高貴で華やかな香りに若々しい後味。仕事の合間にのむにはちょうど良い。

 湯を沸かす、ポットを温める、カップを温める、茶葉を選ぶ、湯をポットに入れる、茶葉を蒸らす、茶をカップに移す。

 煩わしいと感じたのは、100回だけ。以降は、心地よい時間だと感じるようになった。




 書斎の針時計が鳴る。見ると朝の4時だ。

 ぐっと背伸びをすると、背骨がぽきぽきと音を鳴らす。今日も良く働いた。

 ネットとは便利だ。私が吸血鬼だという事を話さなくともよい。仕事ができるのであれば、いくらでも仕事に困らない。

「昔は、金を稼ぐのにも不便だったからな」

 不老不死を餌にして、貴族や王侯を吊り上げ金を貢がせた。豪華な生活をできたし、何より自分の手を汚さずに金が入ってくる。今は労働をしなくてはならないが、暇にはならないため苦ではない。

 夕食の準備をするため、パソコンの電源を落としキッチンに戻る。エプロンをし、冷蔵庫を覗く。

 ちょうど牛肉と人間のもも肉が入っていた。

「ワインで煮るか」

 ちょうどフルボディの赤ワインがある。重厚感のあるそれで煮ようと大型のワインセラーを開けて、考え直す。ワイナリーから冷蔵庫に移動し肉をとり、冷凍庫を覗き血液のストックを確認した。

「あぁ、ちょうどいい」

『男性 50 油脂分多』

 血液パックの一つを手に取る。どうしても飲みにくかった血液だ。これをワイン代わりに使おう。

 牛肉と人肉から丁寧に筋取りをする。特に人肉の筋は硬く噛んでいて、歯に挟まりやすい。取る作業も面倒だが、あとで食べることを考えると今のうちに面倒なことを片付けておこう。

 下味をもみ込んだ後、鍋で肉の側面を焼いていく。じゅわっと肉の表面が焼ける音とバターの濃厚な香りが、キッチン中に広がる。

 同時作業で、玉ねぎとマッシュルームの下ごしらえをしておく。玉ねぎは憂すぎる、マッシュルームは石づきを取る。

 にんにくを入れると美味いらしいが、あいにく和解が出来ないのでいれない。

 牛肉と人肉を焼いたら、一度バットで休ませ玉ねぎを炒める。そこに血液と塩を入れて煮詰める。

「ブーケガルニ……はいいか」

 ハーブ系は苦手なので要らない。だが、味や香りが薄くなってしまう。

 代わりにベランダに行き、マンドラゴラの葉っぱをちぎり細かくして入れる。鳴きそうだったが、栄養剤を渡したら黙った。

 マッシュルームと玉ねぎが柔らかくなったら先に牛肉を入れる。

「人肉は脂が多いからな」

 10分ほどしたら人肉を入れる。そして20分煮たら完成だ。

 ウェッジウッドの白い皿に注ぐ。飲み物としてワイン、一緒に食べる用にあらかじめ焼いていたブールパンを3切れほど、小さな皿に取り分ける。

「いただくか」

 血液煮は、非常に濃厚だ。高齢男性の血は、シチューやワイン煮によく合う。

 誰かに食べてほしいとは思うが、吸血鬼は姿を隠している。時折、人と食べたくなるがなかなか同じ味覚を持つ者がいない。人間は誘えないし、吸血鬼は連絡が取りにくい。どうしたものか。

 食べ終わると、朝と同じように皿を洗い棚にしまう。




 食後、十分に休んだ後は湯につかる。ともに飲むのは、若い人間の男の血だ。処女ほど濃くなく、老いた人間ほど脂っぽくない。

 あっさりとしていて飲みやすい。淡白な味だが、水分補給としては十分だ。ゆっくりと、味わいながら湯浴みを楽しむ。

 「明日は、風呂掃除でもするか」

 風呂上がりには化粧水・乳液を付ける。良い品物だ、と友人からもらったがどこのブランドかわからない。

「今度聞いておくか……」

 つけるために鏡に目を向けるが、映っているのは虚空のみ。吸血鬼は鏡に自分の姿が映らない。ゆえに、身だしなみを整えることが難しい。

「ここだけは、どうしようもないな」

 ムラが出来ないように丁寧に伸ばしていく。多少ざらつき始めたのは、冬が近づいている証拠だ。乳液を少し濃いものにしよう。

 シルクの寝巻に身を包む。寝られればいいとは思っていたが、これにしてからは非常に眠りの質が良い。

 外を見ると、すでに朝日が見えてきた。棺の蓋を閉じ、明日は何をするか考えながら眠る。

「明日は……。足りない血液でも買いに行くか」




追記:ジェル洗顔料からスプレー化粧水の流れは経験談です

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