挿頭花タイムライン

サンレイン

第1話「むかしばなし」

 あるところに、お話好きな子がおりました。その子が語るは不思議な世界。色鮮やかな金魚たちが悠々と泳ぐ空、喋るキノコの優雅なお茶会、砂漠の彼方にそびえ立つ宝石の塔、如雨露じょうろで虹の根元に光を注ぐ女神様……。それらをまるで見てきたかのように語る子を、周囲の人たちはどう扱えばよいのかわかりません。

 想像力の豊かな子なのね。

いいえ、そうではないのです。その子にとっては本当に「視た」景色だったのです。誰も信じてくれないので、その子は次第に、他のひとへ話をするのを諦めてしまいました。



「あれ? 俺いつの間にか寝ちゃってた?」

 青年は、長く伸ばした前髪の奥で、目をぱちぱちと瞬いて顔をあげる。そういえば、あと少しキリのいいところまでと、つい調子に乗って夜遅くまでゲームに興じていたのだった。

 さて布団で寝直そうと思って違和感に気付く、壁にもたれるように床に座った体勢のまま、自分の両腕が頭上に掲げるように手錠で繋がれているのだ。

 そういえば周囲の景色も自分の部屋のものではない。窓はなく、壁も床も天井も真っ白な室内は、まるでテクスチャを貼り忘れたかのようだ。

「えっ、なにこれ」

「ようやく起きたのね」

 声のする方を向くと、ベッドの上からこちらを見下ろすようにしている顔と目が合った。青年の位置からでは顔の顎くらいまでしか見えない。縁の赤い眼鏡を掛けた、まだ幼さの残る顔立ち。おそらく自分より年下だろうなと青年は寝起きの頭で考えた。

「えっと、おはようございます?」

「なんで疑問形なのよ。あと、もっと他に言うことあるんじゃない?」

「もしかしたら夕方かもしれないし」

「そこぉ?」

 ベッドの上から覗く顔が呆れたようにくしゃりと歪んだ。

「起こしてくれてもよかったのに」

「何度か声をかけたのよ。でもあなたってば全然反応なくて、実は死んじゃってるのかと思ってたとこよ」

「そっか。それじゃあ君も、こんな感じ?」

 青年が手錠の鎖をじゃらりと鳴らす。

「それがよくわからないの。ちっとも身動きとれないし」

「んー、そうかぁ」

 青年は身体を捻って立ち上がると、自分を繋ぐ手錠を弄り始めた。しばし金属同士が当たる音が室内に響いた後で、ガチャリと手錠が床に落ちた。

「よし、外れた」

「なんかあなた、手慣れてるわね」

「いやまあ、昔から変なひとに執着されることが多くてね」

「あなた一体どんな人生送ってるのよ」

「このタイプの手錠、実は外し方にちょっとしたコツがあるんだ」

「一体どんな人生送ってたら、そんなコツ掴むわけ?」

「次は君のか。さて……、あれ?」

 血流が戻って痺れる手首をさすりながら振り返ると、ベッドの上には頭が乗っていた。青年には、首から下の身体がベッドに埋まっているように見える。

「なんか、座標バグみたい」

「ざひょう? なんのこと?」

 はたしてどんなトリックになっているのだろう。試しに青年が首の下へ手を入れてみると、ころりと頭が転がった。本来ならば首から先に続いているはずの胴体は見当たらない。ベッドを覆うシーツは、切れ目も穴もなく、さらりとした布地が波打っているばかりだった。

「ねえちょっと、私って一体、どんな状態になってるの」

「えーっと、生首?」

 喋る生首を前に、青年は首を傾げた。

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