ふたりでゆるゆると大坂を目指して歩いて行く。

 行く先々で話を聞き、時には空き家に泊まり込み、時には野宿をしつつ、戦がかなり減ったことを知る。


「なんでもねえ。先の戦で大坂のお殿様が大勝ちしたんだってさ」

「はあ……大坂は商人の街だと伺っていましたが」

「あんた大分疎いんだなあ。それとも、尼僧様と一緒に寺にでも篭もってたのかい?」

「まあ……そんなところですねえ」


 途中で農地を耕していた農民に話を聞き、お礼に頭を下げてから、百合は小十郎のところに戻る。

 相変わらず荷車の上では尼僧が丸まって眠り、その横に小十郎が立っていた。最近は荷車を引くのも手伝ってくれるようになったが、まだ体が出来上がってない子供には坂道で引くのは難しいらしく、平らな場所ではずっと百合が引いている。


「なんだか私が起きるまでに、ずいぶん戦況が変わっていたみたいですね? 日ノ本統一なさったと聞いて驚いていました」

「師匠、寝てたって?」

「はい。一度燃やされて起き上がるまでに、十年近くかかっていたようで。おかげで住んでいた国も滅んでました」


 百合のさらりとした物言いに、当然ながら小十郎は嫌な顔をした。戦多き世は、ただでさえ畑を追われて農民が逃げ出したり、逆に兵糧攻めのために農地に火を点けられたりと、外道がまかり通るのだ。そんなことを気にしてもしょうがあるまいと、百合もそのあたりは諦めている。


「でもそうなった場合、ちょっと困るかもわかりませんねえ」

「困るって?」

「戦が無くなったら、小十郎が仕官する場所がなくなります」

「ええ?」

「戦がなかったら、わざわざ兵士を雇う必要もなくなるってことですよ。これはもう、算学を目一杯勉強しなければ」

「あーあーあーあー……下働きや力仕事だったらできるよう、大坂って商人の街なんだったら、いくらだってやり口があるだろう? もうそれでいいじゃないか、師匠ー」

「まあ! ですから、騙されないようにきちんと勉強だって……」

「騙そうとする奴をぶん殴っても同じだろう?」

「いけません! それはさすがにいけません!!」


 さんざん野蛮なことを言う小十郎を叱りつけつつも、ふたりは仮の寝床を探すことにした。

 戦はある程度は終わったらしいが、夜になったら夜盗が出ることには替わりがなかった。ならば自衛するしかあるまい。

 通っていたのは見渡す限りの田んぼで、どうにか庄屋を探し出すことができた。

 好々爺という風情の、いろんな逆風に耐えてきたような古木のような人が、百合たちの対応をしてくれた。


「すみません、軒先だけでかまいません。ひと晩夜露をしのげる場所を貸していただけませんか?」

「おや……尼僧様とお連れの方ですか?」

「まあ、そうですね。あの方は少々よく寝る方ですので、お気になさらず。私たちが連れて旅をしています」

「まあ、昨今は戦がようやっと引いた頃ですしねえ……」


 庄屋にかまどを借りて、百合は旅の先々でもらった粟を煮てお粥にする。それを小十郎は変な顔で眺めていた。


「この辺りの庄屋さんなんだろう? なら庄屋さんにご飯恵んでもらえばいいじゃねえか」

「それは駄目ですよ、小十郎。あの方々だって、ただで食事は出せません。たしかに路銀はありますけれど、それと引き換えに食事をいただくってのは駄目ですよ」

「なんで?」

「あなたの住んでいた村は、まだ皆で力を合わせて食事を狩っていましたけど、農作物は季節ごとに獲れる量が変わりますから、気まぐれで取ってはいけません」

「はあい……」

「……小十郎はまだ育ち盛りですしね。今日は多めにお粥を炊きましょう」

「わあい! 師匠!」


 百合は腰に抱き着いてくる小十郎に苦笑しながら、どうにか鍋いっぱいのお粥をつくり、それを小十郎にあげた。当然ながら彼女は絡繰りで、食べる必要がない。

 不思議な師弟関係を遠目で見ていた家主が、「師匠って、尼僧様ではなく、あなたがですか?」と尋ねてきた。

 どう答えるべきかと百合は考えた。元が武家の家であり、長物の扱い方を小十郎に教えているとは言えど、武家の人間が押しかけてきたとなったら嫌がるだろう。

 そう考えていたら、小十郎があっけらかんと言う。


「またぎー」

「小十郎?」

「師匠は熊も仕留められるからさ。俺もいつか鹿だけでなく熊も仕留められる立派なまたぎになりたいんだ」

「ああ、なるほど……たしかに畑でそんなのが出ましたら事ですからなあ。しかし、それならば、ひとつ相談があるのですがよろしいでしょうか?」

「はい?」


 庄屋は百合の声に大きく頷いた。


「最近、畑になにやら出て、荒らし回るので困っているのです。最初は戦続きのせいで土が駄目になったのかとも思いましたが、それならばそもそも作物が実りません。ですから、なにかが食い荒らしているのだろうと思いました」

「まあ……見張りはしたのですか?」

「そりゃもう。うちの村では若いのは少々戦に駆り出されて帰ってきませんが、年老いても屈強な者たちはおります。皆でひと晩見張って捕まえようとしたのですが、あまりにすばしっこくて捕まえることも困難。しかも足跡ですが……この辺りにはいないはずのものなんです。ちなみに型は印で残しておりますよ」


 そう言いながら庄屋は一旦奥に引っ込むと、木の板に取った足跡の印を見せてくれた。猪や猿にしては大きいが、熊にしては小さすぎる。鹿や馬の蹄とは程遠く、たしかにこれは面妖である。


「たしかにこれは……ただの畑荒らしの害獣ではありませんね」

「はい……しかもすばしっこくて誰も捕まえることができず、畑が荒れるばかりです。村の者たちはこれは妖怪の仕業じゃないかと囁き出して……」

「師匠、どうする?」

「たしかに……畑が荒れてしまうのは困りますね。税が支払えませんし、冬になったら困ります」


 この辺りは豪雪地方と呼ばれるほどでもないが、それでも雪が降ればなかなか遠くまで食事を買いに行くこともできまい。蓄えがなかったら、人は簡単に飢えて死ぬ。


「……わかりました。その畑荒らし退治、請け負いましょう」

「ありがとうございます……それで、依頼料ですが」

「そうですね。この子に漬物をあげてください」

「……かしこまりました」


 こうして、ふたりは一宿と漬物を賭けて、畑荒らしの退治をすることとなったのだ。


****


 夜になったら、明かりを点けて畑に立つ。

 百合ひとりであったら、明かりがなくても目が冴えたが、小十郎はそうもいかない。開拓農民の荒れた土地で育ったからと言っても、さすがに闇の中では目が利かないようだった。


「でも師匠、あれ本当に妖怪の仕業だと思う? たしかに猿や猪の類の足跡じゃなかったけど、もしかしたら猫のかもしれないし」

「猫もたしかに雑穀は食べますけど、雑穀よりもすずめのほうが好きだと思いますよ」

「うーん。そうかもしんねえけどさあ」


 小十郎が間延びした声を上げた後、畑が揺れた。

 まだ頭を下げていない稲穂が揺れる。それに百合は「まずい」と思う。稲穂の間に入られたら、槍で凪いだら作物が傷んでしまう。

 小十郎が出ようとするのを、百合は止めた。


「師匠!」

「畑が痛んでしまいます。ならば」


 百合は自身の腕を外したのに、小十郎はぎょっとした。


「ちょっ、師匠。なにしようとしてんだよ!?」

「大丈夫です。どうせ絡繰り技師に見てもらうんですから、外れたって」

「だから外してどうするんだよ!?」

「決まってます。畑を傷付けないようにして、畑荒らしを捕獲します」


 よくよく見たら、外した腕には透明な糸が付いていた。百合はさんざん八百比丘尼の体で血を糸のようにして操ってきたせいで、糸の扱い方も覚えてきていた。

 その糸で畑荒らしを釣り上げるのだ。

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