第43話 忍ばないデート3・チアガール

 野球のショートのショート動画を撮り終えた後、ノックをしてくれたビッキーはすぐに帰っていった。


 ぐすん、もっと居てくれよぉ。


 俺の泣き言はビッキーに届くはずもなくつゆと消えて、時が経ち、今度はダンススタジオに来ていた。風華の知り合いから借りたらしい。


 上級国民め、人脈を見せつけてきやがって。


 その風華はというと、汗や泥を落とすため併設へいせつしてあるシャワールームに行っている。


 俺は、知らない人が来ませんようにと願いながらスタジオの隅でほこりのように縮こまっていた。


 数分後、風華が戻ってきた。驚くことにチアガール衣装を着ている。ポニーテール。手にはポンポン。


「じゃーん! どうですか?」


 黄色、青、白の三色で構成された服はコスプレ衣装丸出しだ。チープだがエロい。


「チアガールの衣装好きでしょう?」


 好きではあるが、同時に脳破壊のトラウマも思い出すので複雑な気持ちだ。前に話した淡い恋心を抱いていたチア部の子がサッカー部の男と付き合っていたというやつだ。思い出したら悲しくなってきた。誰か俺の脳に悲しき過去データ消去ボタンを付けてくれ。


「まぁ良いんじゃないか。で、今度はチアダンスの撮影か?」


「そゆこと。しっかり撮影してくださいねっ」


 喜色満面きしょくまんめんの笑顔を向けてくる。


 あまりのかわい……まぶしさに俺は目を逸らした。


「お、おう。じゃあ撮るぞ」


 誤魔化すようにスマホを構えて、リズミカルな曲を再生する。


 曲に合わせて踊り出す風華。足を頭に付くくらい上げて、太ももが露わになる。クッ、さすがにエロ過ぎる。何も考えるな俺。


「がんばれっ、がんばれっ!」


 風華が謎の応援をし始めた。そういうの聞くとエロ同人が頭に浮かんでさらに変な気持ちになる。俺よ、無になれ、無になるのだ。そう考えながらスタジオの天井の隅を眺める。


「どこ見てるんですか? 幽霊を見つけた猫のマネですか?」


「そんなホラー要素はない!」


 一旦、曲が止まる。すると、風華がしゃがんで足を前後に大開脚した。


「うお、すげぇな」


「そうでしょう? 柔軟は得意なんですよ」


 今度はそのままの姿勢で足を横にほぼ180度開いた。さらに上半身を床につけている。


「す、すげぇ」


 悔しいがエロい。くそぉ、煩悩ぼんのうが俺の脳をショッキングピンクに染めていくぅ。やめろ俺。コイツにエロスを感じるんじゃない。


 そして悶々もんもんとしたまま、休憩に入った。


 風華の汗を拭く無防備な仕草に少しドキリとした俺は水を飲んで誤魔化していた。


「ところで空雄さん。私と響さん、どっちが好きですか?」


 不意をついた質問に思わず水を吹き出しそうになる。


「……な、なんだよ急に」


「いいから答えてください」


 いつになく真剣な表情で見つめてくる。


 それはビッキーだろ、という当然の一言がなぜか引っかかって言えない。


 一応、彼氏だしな……。他の女の名前を言うのは良くない、と思う。


「……ふ、風華、かな」


「え? なんですかぁ? 聞こえませんねぇ?」


 ニヤニヤしている。絶対聞こえてるだろ。


「ビッキーだよ」


「この泥棒猫!」


 それ相手側に言うセリフだろ!


 で。


 それからすぐに撮影を再開。風華の揺れるポニーテール、胸、尻、脚に、時折り見えるお腹と脇。理性が崩壊しそうだった。


 これ以上この作業を続けていたら体が爆散しそうだ。と、思い始めたくらいにようやく撮影が終了した。た、助かった。


 片付けが終わってスタジオを出ると、すっかり夜になっていた。


「ご飯行きましょうか。もちろん私のおごりで」


「うん、行く!」


 人の金で食べる飯が好きな俺は無邪気な少年のように返事をした。


 予約をして着いた店は、個室付きの小洒落た居酒屋だ。誰かに見られるのはまずいので時間をずらして一人ずつ入店することにした。


 先に入っていた俺の元へ風華がやってくる。化粧直しをしていて綺麗だ。


「お待たせしました」


「いや、大丈夫だよ」


 風華が対面に座る。チアガールの残像が頭をよぎって、気まずくなった俺は彼女から視界を外すようにメニュー表に目を通した。


 注文が終わり、店員が運んできた美味そうなご飯を黙々と食べ始める。追加の注文をしようか考え始めた時、風華が話しかけてきた。


「今日は楽しかったですか?」


「疲れたよ」


「じゃあ今日はいやしてあげます」


 癒すって……俺は思わず風華の胸を見てしまった。85か……。おい、俺のバカ。セクハラで訴えられるぞ。


「い、癒すってなんだよ」


「そりゃあもうアレに決まってるじゃないですかぁ」


「…………」


「マッサージですよぉマッサージ」


「な、なんのだよ」


「とりあえず寝転がってください」


 なにこの展開。ここ怪しいお店だったの?


 とか考えつつ、言われるがまま座敷に寝転がる。


「仰向けじゃなくてうつ伏せです」


「あ、そ、そうだよな!」


 し、知ってたし!


 俺は慌てて、お好み焼きのようにくるん、とひっくり返ってうつ伏せになった。


「後ろは見ないでくださいね」


「は、はい」


 衣擦れの音が聞こえた後、腰の辺りに柔らかい質量を感じた。


 お、おい、これはまさか尻、なのか? ザ・ヒップ? ダメだ、何も考えるな俺。これはそう、桃だ。いや、それもダメだ。そうだ、ゴリラの胸筋ということにしよう。なぜかゴリラが俺の腰に胸筋を押し付けてきたんだ。そういうことにしておこう。


「うんしょ、うんしょ」


 風華が幼女みたいな甘い声を出しながら腰の上辺りを指で押している。


「あひぃ」


「変な声出さないでくださいよ。バレちゃいますよ?」


「う、うん、ごめん」


 マッサージが続く。素直に気持ちいいが、前後に動くゴリラの胸筋が気になって集中できない。


 そうだ心の中で歌おう。それがいい。あー、ゴリラの胸筋がぁー、前後に動いてぇー、ピンクに染まっていくぅーウホホのホー! そうやって自作のクソ歌で誤魔化し続けた。


 どれくらい時間が経っただろうか。間違いなく浦島太郎が竜宮城にいた時間ぐらいは経っているに違いない。きっとそうだ。


 ようやくマッサージの手が止まる。どうやら終わったらしい。


 すると、体から質量が消える。かと思ったら耳元に息が掛かり、風華が甘い声でささやく。


「気持ちよかったですか?」


 あひぃ。ムズムズする。コイツ本当に男と付き合ったことないのかよ。魔性の女すぎるだろ。


「う、うん、ありがとう、疲れ、取れた」


 代わりに頭と下半身が疲れたが。


 そして何事もなかったようにご飯が終わった。一緒に帰るとまずいのでここで解散だ。


「それじゃあ帰りますね。今日は付き合ってくれてありがとうございました!」


 頭を下げる時に胸の谷間が見える。クッ、今日は誘惑が多いな。


「うぎぎ、ま、またな」


「どうしたんですか? オイル差し忘れたロボットみたいな声出して」


「い、いや何でもない。男にはそういう時が来るんだよ……」


「?」


 その後、家に帰った俺は、怪しいチアガールの動画を見て何かをしたのは言うまでもない。

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