第42話 忍ばないデート2・ショート

 公園を後にした俺と風華は、河川敷の草野球場に来ていた。


「ここで何するんだ?」


「そりゃあショート動画を撮るんですよ」


 ……あ、何するか分かった。


「ショートってまさか野球のショートか?」


「その通りです! ショートでショート動画を撮る。これはバズること間違いなしです」


 安直過ぎる。絶対無理だろ。


「そもそも野球出来んのか?」


「えぇ、もちろん。父が野球好きで小学校まで軟式野球やらされてました」


 そういえば社員寮を紹介していた時にビッキーの部屋でバット持って野球に詳しそうな片鱗は見せていた気がする。


「それならいいが、誰かがノックしないといけないよな? 俺できる自信ないぞ」


 運動神経なんてほぼ皆無だからな!


「大丈夫ですよ。助っ人を呼んでおきましたから」


 なに!? まさか本当の彼氏か!? 筋肉モリモリで日焼けしたチャラ男が『俺の彼女と遊んでくれてありがとな、童貞君』ってマウント取ってきて俺の脳を破壊する展開か!?


 なんてエロ同人展開を警戒していたが、現れたのは黒髪ショートでツリ目気味の人妻美女、鳴神響なるかみひびきことビッキーだった。


「びびびびビッキー!?」


「あら、ビッキーと呼んでくださるのね。嬉しいですわ」


 し、しまったぁぁ! つい呼んでしまったぁぁ!


「あ! えと、その、あはは、すみませんビッキー、さん」


「気軽にビッキーと呼んでくださいな」


 やったー! これは実質付き合ってるってことでいいよな?


「ちゃんと著作権使用料払うんですよ」


 風華が割り込んできた。お前は黙れ!


 ビッキーと風華が物置小屋のようなところで着替える。俺は一人で物置小屋の反対の空を眺めていた。こういう時、陽キャはどこを見るんだろう。小屋を覗いてあわよくば下着姿を見てやろうとするのだろうか。俺には無理だ。お空の雲を視線でなぞって無になるしかない。


 そんな虚無の時間を過ごしていると、ビッキーが先に出てきて、こっちに笑顔で走り寄って来た。かわいい。まさか俺に気があるのかな?


「お待たせしましたわ。ところで空雄さん、この間の風華ちゃんの天気予報観てましたの?」


「一人でやった時のっすよね? リアルタイムで見ましたよ」


「……あれ、良くありませんわよ。匂わせ、と言うのでしたっけ。ワンちゃんに空雄さんの名前つけてたでしょう?」


「ち、違うんすよ! アイツが勝手にやったんです! 何の相談もなくやったんで見ててビックリしましたよ!」


「そうだとは思いましたけど、こういうのって彼氏さんがおっしゃるイメージがあったので」


「そもそも付き合ってないですよ」


「あれ? イチャイチャしている話を毎日のように聞いていますけれど……?」


 はぁぁ? あのバカ、ビッキーに話しちゃってんのかよ。


「それには、あさーい事情がありまして」


 俺は無限イチャイチャ計画のことを話した。


「……なるほどですわ。風華ちゃんが考えそうなことですわね。空雄さんは大丈夫でしょうけど、本来は男性の劣情れつじょうあおるような行為はよくありませんのに」


「あはは、返す言葉もないっすね。風華には今度キツく言っておきます。ビッキーも言ってくれて大丈夫なんでちょっとおきゅうえてやってください」


「なんだか本当の彼氏さんみたいなこと言いますのね」


「ち、違いますよ! 保護者的な感じっす!」


 何を焦ってんだ俺は。


 イタズラな笑顔を浮かべるビッキー。癒されるなぁ。


「ここだけの話、匂わせ行為ちょっとだけ羨ましかったですわ。私は色々と考えてしまって倫理を踏み越えた行動ができないので、ああいうの憧れちゃいますわ」


 そういえばビッキーは最近、愛憎劇ドラマにハマっていると言っていた気がする。そういうのに感情移入してストレスを発散しているのかもしれない。


 つまりこれは……不倫チャンスか!? ……そんなわけ無いよな。あったとしてもどうやって不倫に持ち込むか知らねぇし。


 俺はプレイボーイにはなれないのだと無力感に打ちひしがれていると風華が現れた。


「お待たせしました! ヒーローなので遅れて登場しました!」


「お前がヒーローなら世界は滅びてたな」


 三話以内にお前は死ぬ。間違いないね。


 そしてノックが始まった。俺は撮影係だ。


「へいへーい! ピッチャービビってるぅ!」


 風華が弱小チームのやからみたいに煽っている。ピッチャーいねぇよ。


「それじゃあ行きますわよー!」


 いつもより声を張るビッキー。うーん素敵です。


 金属音を立ててボールが二、三塁間へ転がる。風華はそれを無難にキャッチしてさばいた。俺でも出来そう、って思うが多分無理なんだろうなぁ。


「もっと早くてもいいですよー!」


「分かりましたわー!」


 さっきよりも甲高い音を立ててボールが鋭く転がっていく。さっきと違い風華から二、三歩離れた場所をボールが通り過ぎようとしていた。こりゃあ無理だな。と思ったら。


「ほい!」


 変な掛け声を上げてダイビングキャッチ。素早く体勢を立て直して一塁へ送球。もしランナーがいたら余裕でアウトだっただろう。


 はぁ? 運動神経良すぎだろ。上級国民は反射神経まで上級なのかよ。


「すごいですわー!」


「へへ、なんてことないっすよ!」


 風華がそう言って鼻の下を擦る。お前はヤンチャな野球少年かよ。


「空雄さーん、今の撮れましたかー?」


 ……あ。撮るのを忘れていた。


「えっと、ごめん。もう一回ダイブしてもらっていいかな〜?」


「役立たず!」


 クッ、こればかりは反論できない。


 その後、何度か撮り直して許された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る