第38話 風華の匂わせ天気予報1・ソラオ
無限イチャイチャ計画が始まって一週間後。今日は風華一人で天気予報をするというので、俺はお菓子とお茶を用意してパソコンの前で待機していた。
画面には、早朝からやっていた
ビッキーに癒されていると、あっという間に交代時間になった。この引き継ぎ時間はキャスター同士のささやかな会話が生まれて、視聴者としては楽しみの一つとなっている。
俺ももちろん好きで、人には見せられないだらしない笑顔でいつも見ている。ただ、今日のキャスターの一人は風華なので楽しいよりヒヤヒヤするだろう。
「そろそろ引き継ぎの時間ですわね。続いて担当するのは乃和木風華キャスターですわ」
カメラが引いてビッキーの他に風華が映し出された。
「風華ちゃん、よろしくお願いしますわね。一人で大丈夫そうですの?」
「はい、任せてください! 響さんの一番弟子として頑張ります!」
「弟子をとった覚えはないのですけれど。もし風華ちゃんをとっていたらすぐ破門してましたわね」
「まぁまぁ、そう言わずに。見せてあげますよ、乃和木風華という伝説をね」
ドヤ顔。
よくそんな恥ずかしいセリフ言えるよな。逆に感心するわ。
「期待していますわ。それじゃあ頑張ってくださいな」
「はい、お任せを! キラリンッ」
クソ擬音やめろ。
ビッキーが消え、風華一人が画面中央に映る。
「皆さん、おはようございます。この時間からは乃和木風華がお送りします」
まじめな顔をしている。顔だけはいいのでここだけ見れば清楚なお天気お姉さんに見えてファンが爆増しただろう。しかし、喋りだすと残念ながら株価急落の哀れな女なのである。
つまりここがピークだ。偉い人よ、早くコイツを裏に下げてくれ。
が、当然、下げられるわけもなく天気予報が始まる。
「それでは本日の天気を見ていきましょう」
風華は予想に反して落ち着いていた。噛むこともパニックになることもなく、スラスラと読み上げていく。
「——東京はしばらく快晴が続きそうです。そう、私の笑顔のようにね」
またしてもドヤ顔。うぜぇ。
完全に調子に乗ってやがるな。まぁ良くも悪くも個性的でコイツの味が出ていいと思わなくもないが、いつかやらかしそうで怖いわ。
その後、順調に進んだ天気予報がいったん落ち着いて、場繋ぎ的なフリートークが始まる。
「最近、実家の方で犬を飼い始めたんですよ」
へぇー、初耳だな。
俺はお茶を飲みながら風華の話に耳を傾けていた。
「名前は“ソラオ”っていうんですけど」
それを聞いてお茶を噴き出しそうになるも、何とか飲み込んだ。
「はあああ!? コイツ何言ってんだよ!?」
まさか俗に言う“匂わせ”ってやつか!? ペアリングや食べたものが同じなど、恋人同士しか分からない繋がりをSNSなどにあげて、当人達が密かに楽しむクソ行為だ。
有名人の熱愛が発覚した時、SNSを掘り起こされてプチ炎上して話題になるのだが、そいつらが好きだったファンからすると遅効性の脳破壊ウイルスのようなもので地獄を味わうことになる。
にしても普通、犬に彼氏の名前つけるかよ! 前代未聞だろ!
待てよ、もしかして架空の犬か? 女アイドルが彼氏のことを話す時、架空の兄弟やペットを使う都市伝説的なものは聞いたことあるけど!
「写真もありますよ。見たいですよね? 見たくなくても見せますけどね」
お、おい。俺の写真じゃないよな? 最近、やたらと俺を盗撮していたからな。あり得るぞ。
不安になる俺を尻目にモニターには、ゴールデンレトリバーの子犬画像が映し出された。まぶたが垂れ下がっており、情けない顔に見える。
よかった。さすがに暴挙に出なかったか。いやもう充分に暴挙だけどな!
「この情けない顔が母性本能をくすぐるんですよねぇ」
風華はカメラ目線でニヤニヤしている。コイツ絶対俺に向けて言ってるだろ。間違いない、コイツが俺を見下したり、マウントを取る時にする薄ら笑いだ。
「ソラオはツンツンしてますけど、ちょっと構ってあげるとすぐデレデレになるんですよ」
はぁ? デレませんけどー?
「この間もちょっと高めのエサをあげたら尻尾フリフリしてました」
それは否定できねぇな。クソッ!
「あーんもしてあげました」
俺が先にしたけどな!
「ちょっと甘やかし過ぎですかねぇ? しつけもやらないとですね」
おい、やめろ。変な遊びとか考えてねぇよな?
「続いての写真はこちらです」
まだ続くのかよ。もう許してくれ。匂わせの何がいいんだよ。今にもやらかしそうでこのままだと心臓が破裂するわ。
俺の不安をよそに、続いてモニターに表示されたのは風華と子犬のソラオの画像だ。風華は俺のあげたお天気お姉さんTシャツを着ている。犬には“一般犬”と書かれた服だ。
「ペアルックかわいくないですか?」
犬はかわいいよな!
「今度、散歩に行きたいですねぇ」
こんな格好で外出たら恥ずかし過ぎてその場で爆散するだろ!
「あ、あとソラオはパソコンが好きなんですよー」
やめろ。パソコンは裏切らないからな。たまに反抗期に入って動かなくなったりするけど。
「この前、破壊されて買わされることになったんですよねぇ。困ったものです」
破壊はしてねぇぞ! 濡れ衣着せられた犬のソラオがかわいそうだろ!
「それとソラオは私の膝に乗るのも好きなんですよ」
それはお前だろ。
「それから私が好きすぎるのか、なんと肩を揉んでくれるんです」
おいバカ! そんな高性能な犬、漫画かアニメにしかいねぇだろ!
「それじゃあ、次の写真を——」
言いかけたところで、風華がチラリと画面外に視線を向けた。
カメラが視線の先を映すと、そこには眉間にシワを寄せたビッキーがいた。彼女のことだから一人で天気予報をする風華が心配で見守っていたのだろう。
渋い顔をしているのはソラオのことを語り過ぎているからに違いない。なにせビッキーは俺のことを認知しており、匂わせにも気付いているはずだから。
風華に画面が戻る。
「え、えーっと、ここら辺にしときましょうか。お天気マダムのシワが増えては大変ですからね」
おい、余計なこと言うな。
案の定、というより予想通り、『おだまり』という定番の言葉が遠くから聞こえた。
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