第21話 社員寮3・名探偵響vsクソ犯人風華
ビッキーの部屋の壁に穴を開けてしまった乃和木風華は、隠蔽するためにカレンダーで穴を隠し、スタッフを飴で買収した。これだけ聞くとバカみたい。いやこれだけじゃなく全部バカだけど。
ガバガバな密室トリックを完成させた乃和木は、ビッキーの部屋の鍵を閉めて次へ移動しようとしていた。
しかし、その時だった。
「お待たせしましたわ」
乃和木の肩が跳ねる。振り返ると、鳴神響ことビッキーが立っていた。ショートの黒髪はいつものようにツヤがあり、気品を漂わせている。
「あ、響さん……」
「終わる前に来られて良かったですわ。……私の部屋はこれからですの?」
「……! ええ、その通りです! いやー、ラッキーです。これで紹介しやすくなりますよー!」
とっさの機転でまだ入室してないことにしたか。これで心理的密室トリックが完成したわけだ。マニュアル人間の癖にこういう時だけ頭回ってんじゃねぇぞ。
「それではこのマスターキーで入室したいと思います!」
マスターキー言うな。隔離された洋館ミステリー想起しちゃうだろ。
「あ、すごーい! 間取りは私の部屋と全く同じでワンルームです!」
さすがマニュアル人間、同じセリフは言えるのな。
「さすが響さん、部屋がきっちり片付いてますねぇ!」
「そんな事ないですわ。物が少ないだけですの」
「おやおや? この壁に立て掛けてある棒状のものはなんですかぁ?」
ワザとらしすぎだろ! お前が壁を破壊した凶器だよ!
「学生時代にソフトボールをしていた時のバットですわ。気分が沈んでいる時なんかにこれを見て頑張るんですのよ」
いいエピソードですなぁ。好感度爆上がりですわ。どっかのバカと違って。
「ちょっと振ってみてくださいよ」
あわよくば壁に穴を開けさせようとしてるな。ほんと腹黒クソ野郎だな。
「いえ、カメラやマイクを壊しては大変ですわ。また今度、機会があれば披露いたしますわ」
さすがビッキー常識人。どっかのバカとは違うな!
「そこをなんとか! ホームランが見たいです!」
「あはは、現役ではないのでお見苦しい姿を見せるだけですわ」
「いやいやいや、響さんの神フォームが見たいですねぇ!」
「なぜそんなに粘るんですの?」
「え、いやその、では次のキャスターさんの部屋へ向かいますか!」
言動怪し過ぎだろ!
「ちょっと待ってくださいな」
ビッキーがみんなを止める。
「な、なんですか?」
「入室した時から気になっていたのですけれど、私物の配置が微妙に変わっている気がしますの。私、几帳面なとこがありますから家具の配置を変えたら覚えていますわ」
名探偵ビッキーあらわる! 早くドラマ化しろ!
「私が来た時には既にこの配置でしたよ」
同時に入室した事になってんだからそりゃそうだろ!
「まず私、カレンダーはここに貼りませんわ」
と言ってビッキーがカレンダーを持ち上げた。
「……えっ」
そして壁の穴が見つかる。
「う、うわあああ! 穴ですぅぅ!!」
それ死体発見した時のリアクションだろ!
「……なんでしょうこの穴。私には覚えがありませんわ」
「寝相が悪かったとかではないですか?」
無理あるだろ。
「今まで朝起きてベッドが乱れていたことはありませんわ」
さすがビッキー、弱点なし! でも乱れていて欲しかった! 他意はない!
「では疑いたくはないですが、響さんが壁の修繕費を払いたくないために今ワザと見つけたふりをしているのではないですか?」
それはお前だよ!
「それは無いですわ。人間社会は信頼関係で成り立っているもの。もし、私が壊して隠していたとして、それが露呈してしまったら信頼は地の底ですわ。となれば長い目で見ると壁の修繕費よりもずっと高くついてしまいますの」
はい正論。
「確かに。子供じゃあるまいし、そんなことしませんよねぇ!」
さすがクソガキ乃和木風華。説得力が違うわな!
「困りましたわね」
「お任せください。名探偵風華がこの難事件、必ず解決して見せます!」
名探偵じゃなくてクソ犯人だろ。
「現場は密室、響さん自身も潔白。だとしたら間違いなく“ポルターガイスト”でしょうね」
ミステリーですぐ超常現象のせいにする奴じゃん。
「そういえば最近、私の部屋で妙なことが頻発してたんですよ」
顎に手を当てて部屋をウロウロし始めた。仕草だけは名探偵だな。
「ゴザに謎のシミがついていたり」
お前がコーヒーこぼしたんだろ!
「日本人形が倒れていて誰かがスカートの中を覗いた形跡があったり」
お前が覗いてたんだろ!
「夢の中で弱そうな男性がアドバイスしてきて、うなされたり」
それ俺のことだろ! 人を悪霊みたいに言いやがって! 悪霊みたいなものだけど!
「恐らく、この土地に住む地縛霊的なものを引き寄せてポルったのでしょうね」
なにがポルっただよ、ポルターガイストを変な略し方してんじゃねぇぞ!
「……本当に私が来る前に入室しませんでしたの?」
スタッフの飴玉を転がす速度が早まる。コイツらノリがいいのかバカなのか分かんねぇな。
「えぇ間違いありません。これだけの大人数がそれを証明しています」
いつになく口が回るな。普段から出来たらいいのにな!
「ではカメラの映像確認してもいいですの?」
「犯人はこの中にいます!」
おめぇだよ。焦って方針転換してんじゃねぇぞ。
「間違いなく犯人は、スタッフ、寮監、野良犬の誰かでしょうね」
無理矢理容疑者増やすなよ。自分入れてない時点で怪しいぞ。
「私は風華ちゃんが犯人だと思ってますわ」
でしょうね。
「しょ、証拠はあるんですか証拠は!」
カメラにバッチリ映ってるよ!
「カメラの映像を見れば分かるかと思いますわ」
はい終了。
「それはその、アンフェアというものです。ちゃんと論理を組み立てて証明しないとミステリーのジャンルでいうバカミスに分類されてしまいますよ」
充分バカミスだよ。
「では真実を言わせてもらいますの。実はここに来る前にスマートフォンで風華ちゃんの生放送を観てましたわ」
「えっ」
「私の部屋に入室済みということも把握してましたの」
「な、なんだー早く言ってくださいよー! そしたら初めから穴を開けたこと謝ったのにー!」
「というのは嘘ですわ」
「なななな!? 騙しましたね! この詐欺師!」
どの口が言ってんだよ。
その後、スタッフも洗いざらい白状し始めた。
「あ、ちょっと! バラさないでくださいよ! マカロン味の飴返してください!」
そんなマズそうな飴返していいだろ。
「風華ちゃん」
乃和木が振り返ると、ビッキーがニッコリと笑っていた。
「なにか言うことはないかしら?」
「あ、いっそのこともっと穴を広げて隣の私の部屋と繋げましょう! そしたらいつでも会話できますよ!」
まーたお前は余計なことを言う。
予想通り、ビッキーの顔が鬼の形相へと変化していく。
「おだまり!!」
「す、すみませぇぇぇん!」
そこで映像は切り替わり、綺麗なお天気の映像と共に“しばらくお待ちください”のテロップが表示された。
……その後、乃和木風華の姿を見たものはいない。
という訳はなく、きっちり壁の修繕費を払わされたとさ。めでたしめでたし、いやめでたくないめでたくない。
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