第14話 カラオケ
乃和木風華の歌とダンスの練習のため、二人でカラオケボックスに来た。乃和木が店員とやり取りしている間、俺は借りてきた猫のように縮こまっていた。
俺は全エンタメ施設にトラウマがあるといっても過言ではない。もちろんカラオケにもあって、学生の時に大して仲良くないクラスメイトに一回だけ無理矢理連れて来られたあげく、その時はサビしか知らないアニソンを歌って恥をかいた。
なので、その時のことを思い出してカラオケ店を見るだけでも体がこわばってしまう。
薄暗い店内、トレイに載せたドリンクをこぼさず颯爽と移動する店員、奥から呪詛のように聞こえてくる謎に上手い洋楽。なんなのここお化け屋敷なの?
俺は乃和木の影に隠れるようにして案内された部屋に入った。
「どうしたんですか借りてきたブタみたいな顔して」
誰がブタじゃあ! どうせ猫のように可愛くないよ!
「あんまりカラオケ来ないっすからね。緊張してるっす」
「じゃあ緊張をほぐすために空雄さんから歌っていいですよ」
「いや、それよりアンタの練習に付き合うっすよ」
言い訳が落ちてて助かったぜ。サビまで念仏を唱えるかのごとくボソボソと誤魔化して歌いたくないしな!
「それじゃあお言葉に甘えて準備します」
曲は一般には出回っておらずカラオケ機器に入っていないので、スマホにダウンロードしたものを流すそうだ。
曲名は“ドライくんのうた”。マスコットキャラで洗濯精霊という設定のドライくんが歌う洗濯に関する歌だ。教育番組で流しとけよ。
「では、ミュージックスタート!」
スマホをタップした瞬間、スーパーや電気屋で流れてそうな単調でチープだけど耳に残る曲が流れてくる。
マイクを持って前に立つ乃和木風華。黒髪ロング&顔だけはいいから清楚系アイドルに見える。
そしていよいよ、歌が始まった。
「さぁみんな、楽しい洗濯の時間だよ〜」
大多数の人間は楽しくないだろ。
「ドライ、ドドライ、ドドドライ〜」
ドドライとドドドライってなんだよ。クソモンスターの進化後かよ。
「まずはジャブジャブしようよ〜」
ボクシングの始まりかな?
「洗剤、漂白剤、柔軟剤、めんどくさい〜」
本音出てんぞ。
「服を詰め詰め、スイッチポンでハイ完了〜」
文明の利器に感謝。
「醤油のシミ、皮脂汚れ、口紅、なんでもデリート〜」
デリートやめろ殺し屋感出ちゃうだろ。
「ああ洗濯、ああ濯ぎ、ああ脱水」
ああ多いな、校歌かよ。
「ああ栄光のお洗濯〜」
栄光つけるな、校歌み増すだろ!
「さぁみんな、楽しい乾燥の時間だよ〜」
二番か。割と短めだな。
「ドライ、ドドライ、カキフライ〜」
うんうん、カキフライは洗濯に関係ないと見せかけて衣を着てるもんね。やかましいわ!
「初手で砕け散る洗濯バサミ〜」
あるある。やる気がある時になると萎えるやつ。
「曇り空でも干しちゃうよ〜」
忙しいと賭けに出る時あるよな。
「風が吹き、空を舞う洗濯物〜」
濡れてるのに飛ぶって結構風強くない?
「太陽の下、泳ぐキミに初夏を感じたね〜」
のんきかよ。擬人化してる場合じゃないぞ、追いかけろ!
「ラララ、フッフー、ウォウウォウ、イェイイェイ」
素人から見たら時間稼ぎにしか見えない歌詞の詰め合わせやめろ!
「さぁみんな、楽しい収穫の時間だよ〜」
収穫ってなんかムカつくな。取り込みでいいだろ。とにかくやっと三番か。もう既にお腹いっぱいだぞ。
「ドライ、ドドライ、ものもらい〜」
韻踏めばなんでもいいのかよ!
「洗濯物で蜂さん休憩、死にさらせ〜」
あるある。カメムシも爆ぜろ!
「刺された痛い痛い〜」
負けてんじゃねぇぞ!
「キミのワイシャツいい匂い〜」
刺された件はどうした。無敵かよ!
「食べるべきか取り込むべきか〜」
一個おかしい選択肢ありますね。
「好き、嫌い、好き、嫌い、大好き〜」
いきなり花占いしてんじゃねぇぞ! 洗濯しろ!
そして間奏へ。眠くなる曲だなー。数秒後、続きが始まる。
「ドライ、ドドライ、don't cry〜」
泣く要素ねぇだろ。
「言ってなかったけ〜れど〜」
なんだなんだ。
「人を干してはダメなんだ〜」
当たり前だろ! ただし乃和木風華は干してよいものとする。
「みんな〜、聴いてくれてありがとうございました〜」
チャンチャン。ふぅ終わったか。聴いて損したわ!
俺の華麗なるツッコミがなければとてもじゃないが聴いてられない歌だったな。作詞作曲したやつは鼻くそほじりながら作ったに違いない。
「これはスタッフが作ったんすか?」
「鳴神響さん作詞作曲ですよ」
え、あの人妻三十五歳俺の最推しビッキーこと鳴神響さん!?
……ふーん。なるほどね。
……よく聴いたらめっちゃいい曲じゃね?
韻を踏むことで頭に残る歌詞、洗濯あるあるを入れることで共感を生み、疑問点を生むことで曲に引き込む。うん、天才だな! いやー、尊いわー!
結論!
神・曲・確・定!
と、心の中で納得したところで乃和木が声を掛けてきた。
「私の歌はどうでしたか?」
普通だな。音痴ではないが、ずば抜けて上手いわけでもない。それよりも歌詞がクソ、じゃなかった尊すぎて頭に入ってこなかった。
「まぁいいんじゃないんすか」
「完璧ということですね」
お前は壊れた翻訳機かよ。
「次はダンスっすか」
「それも完璧なんで見てて下さい。ではまず、ヘッドスピンから」
多分死ぬからやめろ! そんなの振り付け表になかったぞ!
その後、時間いっぱいまで歌とダンスの練習に付き合わされた。もちろんヘッドスピンはなかった。
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