第12話 誕生日の夜
ビッキーにカレーをぶちまけた放送事故のあった日の夜。
俺は動画の切り抜き作業で乃和木風華の顔にモザイクをかけた後、いつの間にか寝てしまっていた。
時刻は二十三時を過ぎていた。
「もうすぐ誕生日も終わりか」
本日、五月三日は俺の誕生日である。
誕生日は嫌いだ。何の成長もしてないのに年齢だけ重ねていくことに苛立ちを覚えるから。
三十歳というのもダメージが大きい。中年から見たら若者で、若者から見たらオッサンで、今までの人生で積み上げてきたものを試される年齢な気がする。
積み上げてきたもの……そんなものが俺にあるはずもない。酒はいつまで経っても苦くて飲めないし、仕事も単調作業しかできないし、恋愛ももちろんできない。
「何かになりたかったなぁ」
ハァ。……ダメだダメだ。ネガティブモードに入り込んでやがる。
そんなネガティブになりがちな、そこの俺! 朗報です! そんな時はなんと、お天気お姉さんを見ればいいのです! どんな嫌なこともお姉さんの笑顔を見れば解決さ! ランララーン!
ウッキウキに戻った俺はパソコンで動画サイトへアクセスした。しかし、手が止まる。
いや待てよ。今二十三時だから誰も居ない時間帯じゃねぇか! クソっ、仕方ない、アーカイブでも漁るか……いやリアルタイムじゃない天気予報見るって結構気が重いな。うーん、切り抜きにしとくか。でも大体日課として観てるしなぁ。
……あれ、そういえば
その時、玄関チャイムが鳴り、肩が跳ねる。なんだよこんな時間に。……まさか、遂に怖い兄ちゃんが押し寄せてきたのか!?
「空雄ちゃーん、開けてー!」
んだよ、ババアじゃねぇか。危うく真の力を解放するところだったぜ。
玄関に行きドアを開ける。
「ただいま空雄ちゃん」
「自分で開けろよな……あっ」
ババアの後ろには目が赤くなっている乃和木風華がいた。
「あ……その、大丈夫っすか?」
俺の問いかけに乃和木はにっこりと笑った。
「アハハ! この風華ちゃんが簡単にくじけると思いますか?」
いやくじけろよ。鋼のメンタルすぎんだろ。
「元気なら、よかったっす」
言葉は慎重に選ばないとな。コイツは近日中に無職になるだろうし、下手なことを言えば何をされるか分からないからな。
「それよりも! 誕生日おめでとうございます!」
ゾロゾロと狭いアパートの中に入る。
リビングのイスになかば無理矢理座らされた。目の前の机に真っ白な箱が置かれる。
「ささ、箱を開けてみてください!」
なんだ? 爆弾じゃねぇだろうな? クビになって絶望して無理心中をはかるなんて有り得る話だし。まぁ爆弾作ったり入手なんてコイツには無理か。
うだうだ考えながら渋々箱を開けると、ドーナツを積み重ねたケーキが現れた。
「うわ、すげぇっすね」
「ドーナツ好きって言ってたので」
一問一答の練習した時の覚えてんのかよー。ふ、ふん。ぜ、全然嬉しくないんだからね!
「……ありがとっす」
「さぁさぁ、一口目は誕生日マンが食べるのですよ」
何が誕生日マンだよ。ヒーローもののすぐやられるモブかよ。
毒を警戒しつつ恐る恐る一口食べた。ドーナツの香りが口いっぱいに広がり、頬がとろけそうだ。
「どうです? タイヤみたいですか?」
形だけだろ。せめて食い物にしろ。
「うまいっす。こんなうまいドーナツなんて久々に食べたっすよ。五、六年前に食べた時はスカートの極端に短い女子中学生に『オッサンがドーナツ食ってんじゃねぇよ』って言われて味がしなくなったっすからね。というかドーナツがダメならベーグルなら許されるのか? おおん? って思ったものっす」
クレープを食べた時もそうだったが俺はよくヤンキーもどきみたいな学生に絡まれる。煽っても反撃しなさそうで、ひ弱に見えちゃうんだろうなぁ。その通りだけどむなしいわ。
「今日はいつになく
「そうっすね。深夜のテンションっす」
誕生日は嫌いなはずなのに、いざ祝われると嬉しくなっちゃうんだよな。俺って単純だなぁ。
「私達も食べていいですか?」
「今日あれだけ食ったんだから太るっすよ」
ラーメンにまんじゅう五個におせちみたいな弁当。ダイエット女子なら卒倒するレベルの量だ。
「大丈夫ですよ。太っても映像を加工すればいいんです」
お前の辞書に我慢って言葉はないのかよ。
その後、三人仲良くフォークでケーキを奪い合いながら行儀悪く食べた。公共の場じゃないから許されるよな。
しかしこうやって誰かと食う飯はうまいんだなぁ。誕生日もたまには悪くないかもな。
——こうして、激動の五月三日は幕を閉じた。
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