ただ君に揺らぐ
ふわふわ拳
出逢い
春の
変にハイになっていた気分が落ちつき、穏やかな春のリズムに合流して日常が流れ始めたこの頃。
ゆるりゆるりとのんびりと、波のない高校生活を描いていこうと決心した。それは特別な変化や成長の結果ではなく、至って平常な、心地良いあたしの在り方。
「変化を恐れずに、
今日の朝礼での先生の言葉である。
あたしはこれを、嫌いな言葉ランキングの玉座に
ただ、あまりにも気の抜けた棒読みで発せられたその言葉に、あたしの尊い決意を否定されたのが嫌だった。
現状維持を選ぶこと、そのすべてが恐れに
そんなことに終始した今日も、当たり前に放課後を迎える。
今日から部活の勧誘が解禁され校内は大騒ぎ。全校生徒の4割が帰宅部ということもあり、希少資源なんて呼ばれる新入生をめぐって、先輩方が熱い獲得競争を繰り広げている。
いくつもの運動部が、見るからに
お祭りみたいに浮かれた息の詰まる人混みを
最近改修されたらしい本校舎とは違う、歴史を感じる構えの建物。その大きさに似合わず部活が3つ入っているのみで、この大勧誘時代においても人の気配があまりない。
近づくにつれて背後の
今日は目的があってここに来た。三階の奥、存在を秘すように他の部室から離れた場所にある、人間研究会だ。噂によれば部員は一人。こんな静かな場所で超少人数だなんて、これ以上あたしの性分に合う部活はない。活動内容は知らないけれど、運動部でさえなければよいのだ。宿題と暇つぶしに集中するための
部室の前に立つ。
案の定、誰の声もきこえない。
良い。期待した通りの環境だ。
「失礼します。見学に来ました」
軽くノックをして声をかける。
10秒ほど、不安になる
「どうぞ」
一言で感じた、上級生らしさ。
優しくも威厳がある、そんな先輩のイメージを
建て付けの悪いドアが嫌な音を鳴らしながら開き、挨拶をしようとした瞬間、その先に広がる光景に言葉を失った。
ただ狭くて古いだけのなんの特徴もない部室の、その窓際に立つ一人の輝きが
羨ましいほどに綺麗なストレートヘア、すっと伸びた背すじ。あたしと同じ地味な紺の制服もまるで別物だと思える、美しい後ろ姿。
そんな芸術品のような人が振り返り、私と目を合わせた瞬間だった。
ぽとり。
一滴の涙を落とした。
ゆっくり、ゆっくり。
ぽとり、ぽとり。
一滴、一滴。
黒く深い瞳が、静かに波立つ水面の向こうから私を捉えて離さないまま、ただ雫を
なにがなんだか理解できず、その姿から
傾き始めた日を儚い輪郭として
なにをすべきか、なんと話しかけるべきか、その答えを探すことすら
非道徳、非常識、愚か者。
様々な
経験したことのない熱が身体の底から湧いてくる。手の平が熱くなって、心臓の拍動が走り出した。
平穏無事の高校生活を送ろう、なんて決意は簡単に壊されてしまった。地面に散った桜の最期なんて比ではなく、原形すら見失うほどに、
視界の端で揺らぐ夕陽すら
「綺麗——」
私の知らない私が言った。
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