第1話 『私』の、二人のお母さん

「だからさぁ、そろそろ私の恋人こいびとになってよぉ」


 こう言ったのが、いかにも軽薄けいはくそうな、かみめた少女である。場所は学校の教室で、周囲にはクラスメートが何人なんにんもいる。ひるやすみの見世物みせものとしては面白おもしろいようで、観客かんきゃくとなった生徒たちの視線にかこまれている、この二人が私の『未来の両親』なのであった。


「……ならないったら、ならない。もう何回なんかいも言ってるはずよ」


 そう言った黒髪くろかみの少女が教科書に視線しせんとして、自分の席でこしけながら懸命けんめいに、愛のこくはく無視むししようとしている。告白こくはくというか、これはナンパにしか見えない。大体だいたい、愛の告白こくはくやプロポーズって、こんなに観客ギャラリーがいる状態で軽薄けいはくおこなうものではないと思う。


「だから私も、何回も言ってるんじゃないの。貴女あなたが私の愛を何度も拒絶きょぜつしてるんだから」


 軽薄なほうの、私の『未来のおかあさん』が、反省はんせいゼロといった様子ようすはなつづけている。黒髪のほうの『お母さん』はほほ紅潮こうちょうしていて、これはいかりと羞恥しゅうち半々はんはんだと思われた。


「貴女の恋人になんか、な・ら・な・い! 図書室にってくるから一人ひとりにして!」


 拒絶きょぜつ言葉ことば一音いちおんずつ、はっきり区切くぎるように言いながらいきおって、黒髪のお母さんは教室からった。私としては黒髪のお母さんに同情どうじょうしてしまう。軽薄なほうのお母さんにはデリカシーというものが圧倒的あっとうてきりない。もっと黒髪のお母さんを気遣きづかってしかった。


相変あいかわらず、あの子をおこらせてるねー。もう何回目なんかいめ告白こくはくよ? あきらめるはないの?」


 クラスメートにっては、いつもの光景こうけいである。周囲から、教室にのこされたほうのお母さんは質問を受けていて、お母さんはヘラヘラとした様子ようすこたえていた。


「ないわよぉ。だって彼女は私の、最愛さいあい女性ひとなんだもの。ベストなものをもとめるのって、当然とうぜんじゃない?」


「最愛って言うけどアンタ、複数ふくすうってるじゃないの。そっちは、どうなのよ」


「それは仕方しかたないじゃない。だってモテるんだもの、私。何人なんにんも私に告白してきて、それをことわるのもどくじゃない? だから最近さいきんは『私、最愛の女性ひとがいるけど、それでもいい?』って、ちゃんと事前じぜんに言ってるわよ。いわば期間きかん限定げんていの関係だから問題もんだいないわ」


 周囲からは「問題もんだいあるだろ」、「ねばいいのに、こいつ」などとツッコミがはいった。私もおおむね、同じ意見いけんだけど、こんな人でも『お母さん』である。死なれては私がまれてこないので、どうかいのちだけは勘弁かんべんしてあげてもらいたい。


 軽薄なほうのお母さんは、「どうすれば、私の愛が彼女につたわるかなー」と呑気のんきに言って、周囲はあき気味ぎみに「本人ほんにんに聞いてみれば?」などと答える。「なるほど!」と、教室のお母さんはうなずいていた。

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