さよならマキさん

アカバネ

さよならマキさん1/4

 小説を書きながら、何時もの様にPCのiTunesを起動させる。


 1曲目に流れ出したのは『Sing Like Talking』の『離れずに暖めて』だった。


 1000曲以上入ったプレイリストをシャッフルさせて、1曲目にこの曲……。


 何か、運命的なものを感じて、この話を書く事にした。


 胸の奥にずっとしまってある。


 忘れられない大切な恋の話。


 …………

 

 高校三年間……最後まで僕に彼女は出来なかった。


 男子校だった僕の高校生活は、長崎の雲仙普賢岳うんぜんふげんだけから噴出される火山灰より灰色だった事は、言うまでもない。


 十八歳になった僕は、就職したくないからという理由で、モラトリアムを求めて専門学校に入学した。


 勉強もせず。家の手伝いもせず。学校から帰れば深夜までゲーム三昧。


 見かねた母親から「勉強しないんだったら、バイトくらいしなさい」と言われ、渋々入ったピザ屋のバイトで僕は彼女と出会った。


 彼女は僕より二歳年上の二十歳。


 バイト先では、みんなから『マキさん』と呼ばれていた。


 マキさんは何時もニコニコと笑顔を絶やさない人で、バイト内のアイドル的存在だった。


 バイト初日の日。緊張している僕に「これからヨロシクね」と握手してくれた日の事を、今でもよく憶えている。


 思い返せば初めて会ったあの日から、マキさんに心惹かれていたように思う。


 気が付けばマキさんの事を見つめていたり。シフトがマキさんと重なる日を数えていたり。マキさんがいない日にはちょっと淋しかったり。


 あの頃の僕には分からなかったが、僕はマキさんに恋をしていた。


 …………


 バイトに入って3ヶ月がたった。ある日のバイト帰り。


 マキさんが「私のお気に入りをいれてきたんで、聴いてみて」と洋楽を編集したテープと手書きで書いた曲の解説を僕にくれた。


 それは前に僕が聴いてみたいと言った曲だった。


 マキさんはその時の会話を覚えていて、わざわざ持って来てくれたのだ。

 

 嬉しくて飛び上がりたくなる気持ちを抑えながら家に帰り。マキさんが手書きで書いてくれた解説を読みながら、マキさんがくれたテープを何回も聴き返した。


 次の日。今度は僕のお気に入りの曲を入れたテープと曲の解説を書いた紙をマキさんに渡した。


 その日をきっかけに、僕たちのテープ交換会が始まった。

 

 それはバイト先の誰も知らない。僕とマキさん二人だけの秘密だった。


 テープ交換を重ねるうちに曲の解説を書いていた紙は、その日あった事。楽しかった事。悲しかった事。を書く手紙へと形を変えていった。


 マキさんからもらった手紙を枕元に置いて、夜眠くなるまで何度も何度も読み返して、マキさんの事を考えながら眠った。


 マキさんから貰った手紙が増えるたび。マキさんの事を思いながら手紙を綴るたび。僕はマキさんの事をさらに好きになっていった。

 

 毎晩ベッドの中で「明日こそは告白しよう」と心を決めるのだが……。


 もしフラれて、今のこのささやかな幸せが壊れてしまうのも怖くて……。


 花占いする乙女のように「告白する」「告白しない」と眠れぬ夜を過ごした。


 …………


 バイトが休みのある日。僕はバイト仲間のT君とカラオケに行った。


 お互い十曲以上歌い。さすがに歌い疲れてちょっと休憩していると、お決まりのようにお互いが気になっている女の子の話になった。


 バイト先の女の子の話から始まり、途中でマキさんの話題になった。


 「マキさんいいよね〜可愛くて。優しいし」とT君。


 「うんうん」と僕。


 「噂だけど、マキさん店長と付き合っているらしいよ」


 「え……嘘でしょ?」


 「まぁ噂だけどね」とT君は戯けながら言った。


 僕はT君にバレないよう出来るだけ平静を装うとしたが、足元の地面が崩れて、奈落の底に落ちていくような感覚に襲われた。


 その日の僕は、もうカラオケどころではなくなってしまい。その日はそれでお開きとなった。


 …………


 家に帰ってから部屋に鍵をかけ、布団を頭から被って「うわぁぁぁぁぁぁぁ」と喉が張り裂けるほど叫んだ。


 「嘘だ」「嘘だ」「嘘だ」そう心の中で何度否定しても、心のモヤモヤは一向に晴れない。


 どうすればいい?


 答えなんて、とっくに出てる。


 告白しかない。


 マキさんに店長との関係を聞いて、どうする?


 「付き合ってます」と言われて、それで全部終わりか?


 終われる訳がない。


 絶対に終われない。


 悩み続けた夜を。思い続けた気持ちを。このまま胸にしまい込むなんて出来ない。


 僕のありったけの気持ちを「マキさんに見てもらうんだ」僕は告白する決意をした。


 …………


 そしてマキさんとシフトが重なる日が来た。


 「今日も頑張ろうね」と言うマキさんに「今日バイトが終わってから、聞いて欲しい事があるんですけど、少し時間をもらえますか」と伝えた。


 「……いいけど……何かな?」マキさんは少し訝しんでいたが「大事な話があります」とだけ伝えて、それ以上その話はしなかった。


 仕事を終え、バイト先の近くにある公園で、マキさんの事を待った。


 しばらくしてマキさんがやって来た「こんな所に呼び出して~わたし告白でもされちゃうのかな?」と僕の顔を見るなり、冗談を言ってくるマキさん。


 「もし、そうだったらどうします」と真剣な顔で言った。


 「や……やだなぁ~年上をからかうもんじゃないぞ」いつもヘタレな僕から、予想外の答えが返ってきたからか、マキさんは珍しくドギマギしていた。


 少し沈黙が続いて「好きです、付き合ってください」と頭を下げた。


 マキさんから何の返事もないまま、何分かの時間が過ぎた。


 おそるおそる顔を上げると、マキさんは何故か涙ぐんでいた。


 「どうしたのマキさん、そんなに嫌だった?」と聞くと「ううん嬉しくて、こちらこそヨロシクね」と初めてあったあの日のように、僕の手をギュッと握ってくれた。

 

 僕達は、その日恋人同士になった。

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