第41話:影武者

アバディーン王国歴101年1月21日、王都王城王宮、深雪視点


「カーツ様、近隣諸国を全て併合するのですか?」


「いえ、併合する訳ではありません、聖女深雪様を頂点に連合するだけです」


「連合ですか、王も王族も捕虜にしたままですよね?」


「はい、本人は捕虜にしたままです」


「本人は捕虜にしたままとは、どういう意味ですか?」


「影武者を使います」


「影武者?」


「私の使い魔たちは、人間の姿に変化する事ができます。

 捕虜にしている王や王族たちに変化させて、近隣諸国を支配下に置きます」


「それは、少し卑怯な気がするのですが……」


「確かに卑怯な方法かもしれませんが、これが1番平民の犠牲者が少なくなる方法だと思っています」


「どういう意味ですか?」


「この世界の常識に従って、莫大な身代金を取って王や王族を解放したら、支払った身代金を取り返そうと、平民に重税を課します。

 そんな事になってしまったら、それでなくとも食うや食わずの平民は、半数以上が餓死してしまいます。

 聖女深雪様は、そのような方法を望まれますか?」


「絶対に望みません、命懸けで止めさせます!」


「はい、それが分かっておりますので、身代金を取って解放しません。

 ですが、身代金を取らずに解放しても、報復の機会を狙って軍備を整えます。

 軍備を整えるには莫大なお金が必要になります。

 それもまた平民に重き税を課して餓死させる事になします。

 聖女深雪様はそのような事は望まれないでしょう?」


「絶対に望みません、断固阻止します」


「ですから、王も王族も解放できません、分かって頂けますか?」


「分かりました、王や王族は解放しない、それで良いです。

 ですが、何故それが使い魔に影武者をさせる事になるのですか?」


「影武者を使って国を治めないと、国内の有力貴族が王位に就こうと争います。

 内乱が起きれば、多くの平民が巻き込まれて死んでしまいます。

 聖女深雪様はそのような事を望まれますか?」


「望みません、絶対に阻止します、この身を最前線に置いても断固阻止します」


「聖女深雪様ならそう言われると思っていました。

 内乱を防ぐためには、我が国が侵攻して力で押さえつけなければなりません。

 ですが、そんな事をすれば、侵攻先の貴族士族が軍事力で阻止しようとします。

 内乱ではなく、侵略戦争が始まります。

 この場合でも、多くの平民が巻き込まれて死んでしまいます。

 聖女深雪様はそのような事を望まれますか?」


「望みません、絶対に嫌です。

 カーツ様のお話では、アバディーン王国は私を盟主とした国にするのですよね?

 私が侵略戦争を引き起こして、支配下に置いた国の盟主になるのは絶対に嫌です。

 カーツ様に強く命じてでも侵攻を止めていただきます!」


「聖女深雪様ならそう言われると思っていました。

 ですが、我が国が侵攻しなければ、先ほど申し上げた内乱が起こります。

 侵攻をせず、内乱も起こさせないようにするとなると、王に化けた使い魔にこれまで通り統治させるしかありません。

 いえ、これまで通りではありません。

 これまでなら、国境線で小規模な争いが繰り返されていましたが、影武者が強く命じる事で紛争を防ぐ事ができます。

 何より、国同士の争いを利用して、両国の村を襲っていた山賊を、協力して討伐する事ができるようになります。

 更に言えば、国同士の争いを利用して、領軍の兵士を使って山賊をさせていた貴族に厳しい罰を与える事ができるようになります」


「そんな風に説明されてしまうと、影武者が卑怯だとは言い難いですね。

 頃合を見て本当の王と影武者を入れ変えるのは……だめですね?」


「はい、どれほど反省したフリをしても、本性は変えられません。

 権力を取り戻したら、必ず悪事に走ります。

 それに、王と王族には、これまで犯してきた罪を償ってもらわないといけません。

 多くの民が、王の酷政で餓死しているのです。

 何万何十万の民が、怨嗟の声をあげているのを無視して、王を許されるのですか?

 親兄弟、子や孫を餓死に追い込まれた家族がいるのですよ?

 その者たちの心を踏みにじりたいのですか?」


「嫌です、亡くなられた可哀想な人はもちろん、遺族の方々の心を踏みにじるなんて、絶対に嫌です。

 分かりました、影武者を使って近隣諸国を支配するのは反対しません。

 いえ、私が命じた事にしてください。

 表向きとはいえ、私が新制アバディーン国の盟主です。

 カーツ様が勝手にやったと言って、責任を逃れられるような状況は嫌です」


「聖女深雪様ならそう言われると思っていました。

 ですが、今回の件は何の証拠も残しません。

 聖女深雪様だけでなく、私が係わった事も表に出しません」


「ですが、本当に隠し通せるのですか?

 近隣諸国にも、精霊に守られている国がありましたよね?」


「グレンデヴォン王国、インチャイラ王国、シルソー王国が精霊の加護を得ていましたが、もうその精霊は滅ぼしましたから、大丈夫です」


「他国の精霊まで滅ぼしたのですか?!」


「この世界をここまで悪くしたのは精霊でございます。

 人間を酷く堕落させたのも精霊でございます。

 この国の守護精霊を滅ぼす時に、上位の精霊も一緒に滅ぼしたので。

 その時に、上位精霊の味方に集まった多くの精霊を滅ぼしました。

 その中に近隣諸国の守護精霊もいたのです」


「……カーツ様を好きにさせると何をしでかすか分かりませんね。

 カーツ様が暴走しないように、何かする時には必ず報告してください。

 それと、できるだけ私の側にいてください」


「分かりました、何をするにも聖女深雪様の許可を受けてからにします。

 常に御側を離れないと約束します」

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