第19話:代償

アバディーン王国歴100年10月25日、マーガデール侯爵領、カーツ視点


『この世界にあまねく満ちる魔力よ、俺の行いが正しいと思うなら集い力を貸せ。

 怠惰で無責任な神々と欲深く身勝手な精霊たちによって汚された生命。

 彼らを滅するのではなく、善悪を理解できる生命に進化させる手助けをしろ。

 この地に撒かれた植物の種を急速に成長させ、食べられるまでに実らせろ』


 俺は一面に広がる畑に大麦を実らせた。

 魔力を利用して、民に豊穣の実りをもたらせた。


 感謝ではなく欲望しか心に持っていない連中だと分かっているが、しかたがない。

 聖女深雪が、人々が僅かな食糧を争って殺し合うのを見るには辛いと言うのだから、せめて食糧不足による争いくらいは減らさないといけない。


 食糧が十分あったとしても、より多くの富を求めて他人を襲うのが人間だ。

 全貴族と王家王国直属の騎士と徒士が、王都に閉じ込められている。


 領地に残っていた、貴族に仕える騎士と徒士が、これを好機と戦いを始めている。

 余分な食糧が手に入ったら、兵糧にして襲えそうな近隣の街や村に攻め込む。

 権力と富を求める戦国乱世、これまで以上の弱肉強食が始まるのだ。


「カーツさんがこの国を治めれば良いのではありませんか?

 自分は王族だったと以前言っていましたよね?」


「性根の腐った連中を治めるのは、結構辛いんだ。

 他人を陥れてでも利を得ようとする者がすり寄ってくる。

 俺を騙してでも利益を得ようとする連中の相手もしないといけない」


「そうなんですか、カーツさん自身が嫌な思いをして、物凄く辛かったから、私が同じ思いをしないようにしてくれたのですね、ありがとうございます。

 では、昨日一緒に助けに行った領地の人はどうなのですか?

 性根の腐った人が一人もいなくて、嫌な思いも辛い思いもしなかったから、人々に余裕のある生活をさせてあげていたのですか?」


 深雪のそう言われてしまうと胸に来るモノがある。

 嫌な記憶を俺が消してしまったから、また傷ついても人助けをしようとする。


 いや、深雪なら傷つけられて心から血が噴き出しているような状態でも、また騙され利用されると分かっていても、助けるだろうな。


 俺は公爵家の公子として領民を助けた事がなかった。

 助けたいと思うような領民もいなかった。

 みんな自分の利益だけを考えていて、平気で他人を蹴落としていたから。


 だが、聖女深雪の腐敗獣討伐に同行した時は、彼女の望みを叶えるために人助けを行い、聖女が深く傷つき心を痛めるのを目の当たりにしてきた。


 再び聖女深雪が苦しむ姿は絶対に見たくない。

 だが同時に、聖女深雪なら人を助けられない事で傷つくのも分かっている。


 どうすれば聖女深雪が人助けをしても苦しまないですむのか。

 考えに考えた結果は、俺が苦しみそうなところを全て引き受ける事だった。


『この世界にあまねく満ちる魔力よ、俺の行いが正しいと思うなら集い力を貸せ。

 怠惰で無責任な神々と欲深く身勝手な精霊たちによって汚された生命。

 彼らを滅するのではなく、善悪を理解できる生命に進化させる手助けをしろ。

 この地に撒かれた植物の種を急速に成長させ、食べられるまでに実らせろ。

 その食糧が公平に分け与えられるのを見張る新たな生命と成れ!

 精霊に成り代わって人々を導く新たな生命と成れ!

 動物、昆虫、植物と融合して新たな生命と成れ!

 我が使い魔となって手足のように手助けしろ!』


 実際にできるかどうか分からなかったが、使い魔を創り出す事を想像しながら、それにふさわしい呪文を考えた。


 自分欲望を満たすためなら平気で他人を蹴落とし、時に人殺しも厭わないようなこの世界の民を、管理し導いてくれる使い魔を創り出そうとした。


 日本の神使のイメージがあったのだと思う。

 ネズミ、ウシ、トラ、ウサギ、ドラゴン、ヘビ、ウマ、ヒツジ、サル、ニワトリ、イヌ、イノシシ、シカ、キツネ、カラス、サギ、オオカミなどが創れた。


 そいつらも一頭一羽ではなく、白蛇、黒蛇、赤蛇のように、毛色や種族が違うネズミやウシをたくさん創り出せた。


 他にもカメ、カニ、ウナギ、コイ、フナ、イワナ、イトウ、カブトムシ、クワガタムシ、ハチ、ムカデ、クモといった魚や虫も使い魔になってくれた。


 彼らには、魔力を凝集して創り出した魔宝石を身体に埋め込み、精霊と互角に戦える戦闘力と知力を与えた。


「良く俺の考えに同意して集まってくれた。

 俺にできる事は何でもするから、聖女深雪を哀しませないようにしてくれ。

 どうしようもない人間を命懸けで導く必要はない。

 無理だと思う人間は容赦せずに殺してくれ。

 自分たちが犠牲なるのだけは止めてくれ。

 そんな事をしたら、聖女深雪が傷つき苦しむ」


 俺と使い魔に成ったモノ達の間には、強いつながりができた。

 彼らはみんな腐敗獣によるこの世界の死滅を恐れていた。

 そんな死滅から救ってくれた聖女深雪に心から感謝していた。


 だからこそ、この世界での存在が根本的に変わってしまう、使い魔への変身に応じてくれたのだ。


 そんな使い魔たちを無駄死にさせる訳にはいかない。

 少なくとも、今生では性根が変わらないと分かっている人間の為に、尊い命を失わせる訳にはいかない。


「カーツさん、この子たち凄く可愛いですね!

 この子たちは病気の心配がないのですか?

 私が触っても大丈夫ですか?!」


「ああ、大丈夫だ、病気の心配も咬まれる心配もない。

 馬たちでは連れて行けないところがあるだろうから、どこに行く時も小さな虫だけは必ず連れて行ってくれ、必ず深雪さんを守ってくれる」

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