第18話:護り

アバディーン王国歴100年10月25日、ヘレンズ男爵領、深雪視点


「カーツさん、本当にこの世界には誰一人良い人がいないのですか?」


「そう言われると返答に困るな。

 深雪さんに理解できるかどうか分からないが、善悪は世界や国によって変わる。

 積み重ねてきた歴史によって、善悪の基準が変わる。

 日本人の深雪さんの善悪と、アメリカ人の善悪は違う。

 中国人と日本人の善悪も全く違う。

 ただ、その違う国の中でも、地方や人によって善悪が変わる」


「……異世界で生まれ育った私の感覚では悪でも、この世界の人に取ったら善な事もあると言うのですね?


「流石にそこまで極端ではないが、日本人の深雪さんが極悪だと思う事が、この世界では大した悪事ではなく、罪に問うほどではない事がある。

 特にこの世界は身分制があって、高い階級の人が低い階級の人を殺しても罪に問われないのだ。

 まだ十二歳の深雪さんは習っていないかもしれないが、日本でも江戸時代には身分制度があって、身分の高い人と低い人では罰が違った。

 今のアメリカは、建前上身分制度はないが、実際には白人と有色人種では微妙に罰に差があって、平等とは言えない」


「えっと、段々カーツさんが何を言っているか分からなくなって……」


「ごめん、自分の考えを押し付けてしまったな。

 端的に言えば、深雪さんが何か言ったりやったりすると、問題が起きるんだ。

 深雪さんが良かれと思ってやった事が、喧嘩を売っている事がある」


「それでカーツさんは私をこの世界の人間とかかわらせないの?」


「そうだ、何かあっても傷つくのは深雪さんの方だから」


「それでも、この世界の人を助けたいと言ったら、カーツさんはどうするの?」


「深雪さんが助ける相手は、俺が決めさせてもらう。

 俺はある程度この世界と深雪さんの感覚の違いを知っている。

 誤解で傷つけあわない地域や人に限って助けてもらう」


「そこでも人とは会えないの?」


「ああ、会うと深雪さんが傷つく、この世界の人間は全く遠慮をしない。

 遠慮をしていたら他人に先を越されて全て奪われるからだ。

 単に殺されるだけでなく、奴隷にされてしまう。

 最低限の社交性はあるが、それは互いに利用するためだ」


「分かりました、カーツさんの言うようにします。

 この世界の人とは交流しないようにしますから、人助けができるようにしてください、お願います」


「被害者の深雪さんにお願いされるような事ではないが、そこまで言われるのなら、人助けの手伝いをさせてもらうよ」


 そういうやり取りがあって、ようやく次の人助けを始めました。

 魔術を使って農業用湖と用水路を造り、荒地を耕作地に変えるのは何カ所もやりましたが、それ以外の人助けは初めてです。


 少し緊張していますが、同時にワクワクもしています。

 カーツさんの話では、盗賊や近隣領主の軍に襲われている街だそうです。

 比較的、私の正義感と近い領主が治めていると言っていました。


 カーツさんが連れて来てくれたのは、周囲を畑に囲まれた小さな街です。

 私の考えていた街とは全然違います。


 私は田んぼ中に家がポツンポツンと建っているのを想像していたのです。

 それが、木でできた城壁の中に家があるのです。

 まるで何かを恐れるかのように、城壁の中にある塔の上に見張りの人がいます。


 カーツさんが、盗賊や近隣領主の軍を襲われている街と言っていましたが、襲われている姿が思い浮かんでいませんでした。


 普通の家の子のようにスマホを持っていないので、街を襲うゲームも話を聞いた事があるだけで、やった事がないのです。


「狭い場所に家を集めているのは、点在していると人間や魔獣に襲われるからだ。

 一カ所に集めたら、少ない人数で多くの敵から身を守る事ができる」


 カーツさんが、城壁の中に家が密集している理由を教えてくれました。


「そうなんですね」


「どの村も人も貧しくて、ほんの少し作物の出来が悪いと飢える。

 少し飢えるだけなら我慢できるが、餓死するくらい作物の出来が悪いと、座して餓死するくらいなら、他人を襲って食べ物を奪う方がマシだと考えるのが人間だ」


「この村、いえ、街でしたね。

 この街は他の村に比べて作物の出来が良かったから狙われているのですか?」


「いや、違う、この街は深雪さんの善悪に近い場所だから助けると言っただろう?」


「はい」


「他の街や村の領主は、民が餓死するのが分かっていても平気で作物を奪っていく。

 だがこの街の領主は、民が飢えない量しか税を取らない。

 だからこの街には食糧が残っているんだが、その善政の所為で周りの街や村から狙われたんだ」


「領主が善政を行ったら襲われるんですか?!」


「この世界では、優しさだけでは民を護れないんだ。

 最低でも襲って来る敵を追い払う力がいる。

 この地の領主が在地している間は、力があるから大丈夫だった。

 領主も自分がいれば大丈夫だと考えて民の余裕のある生活をさせていた。

 だが領主が王宮に行っている間に、この国の秩序が崩壊した。

 今は、虐げられていた民が領主の城や館を襲っている」


「え、ここだけではないのですか?!」


「ああ、ここだけじゃない。

 ほぼ全ての領地で、民が蜂起し山賊や盗賊が好き勝ってしている、無政府状態だ」


「じゃあ他の所も助けに行かないと!」


「他の所は、深雪さん、いや、日本の善悪の基準で言えば、襲われても仕方がない圧政をしていたのだよ」


「……ここしか助けてはいけないの?」


「他の所だと、助けるのではなく、復讐の邪魔をする悪人の仲間になってしまう」


「……分かりました、ここだけでも助けさせてください」

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