NUMBER ONE
日比谷忠弘
東京の丸の内にあるビルの一つ、の十三階のフロアを四分割したうちの一つが、組織のオフィスとなっている。伊代は出勤して、自分の席にビジネスバッグを置いた。さほど間もなく、自身の携帯電話が泣き喚く。開いて、組織のトップからの電話であると確認したのち、受話器のボタンを押した。
『
天井に監視用のカメラが設置してあって、そのカメラの映像で伊代が出勤してきたのを確認してから電話をかけてきたかのようなタイミングだが、そうではない。通話相手の作倉は、カメラなどなくともその人の行動を予め見ている。
「……おはようございます」
せめて椅子に腰を落ち着けて、一息ついてから、応対したいものだ。とはいえ、作倉からの電話がかかってくる時は、十中八九『任務』の依頼になる。無視はできない。
『来たばかりなのに申し訳ないのですが、すぐに向かってほしい場所がありましてねえ』
申し訳ないだなんて微塵も思っていなさそうな調子で話す作倉は、この組織の最高責任者にあたる。組織の『
「どちらでしょう?」
『N県の冬馬地区です。詳しい位置は、日比谷くんに伝えてありますよ』
かつてこの国の首相――言うなれば唯一神としてこの世界に君臨していた男・風車宗治の秘書だった。二〇〇〇年十二月二十六日に風車宗治が『自宅の風呂場で足を滑らせ、頭を打って死亡』するまでは。
その翌年に〝能力者保護法〟が施行された。この法律に基づいて、二〇〇一年の四月に組織が設立される。最高責任者の座に作倉が収まったのは、風車宗治の生前の意向あってのことだ。
能力者研究の第一人者、
らしい、というのは本人が亡くなっており、亡くなった人間からは能力者特有の生体電位を計測できないからだ。この生体電位の計測器を『能力者発見装置』と呼び、組織には五台ある。組織のメンバーが『任務』にあたる場合は必ず携行しなければならない。風車宗治のように、容姿だけで能力者と判断できるような能力者ばかりではないからだ。
風車宗治は無意識のうちにこの【威光】を発動させて、世の中の人々をコントロールしていた。家柄も人脈もなく、武功で成り上がるすべもほぼないにもかかわらず、この国で首相という地位に登り詰めたのにはそういうカラクリがあったんだ。考えてみれば、支持率の異様な高さは独裁者のようでもあった。在任中に異を唱える者はいなかった。世論も風車宗治を支持していた。誰もが風車宗治の掲げた『人類がみな幸福である世界』を盲信していた時代。
亡くなってから、みんな目が覚めた。覚めてしまった。実現不可能な未来は来ないのだ。もし来たのだとしても、その社会は維持できない。どこかに皺寄せが来てしまう。水は汚れる。電気は足りなくなる。化石燃料には限りがある。新たなエネルギー資源を見つけなくては、いずれ破綻する。……風車宗治本人がどこまで計算できていたのか、本人の口から語られたことはない。
能力者を野放しにしておけば第二、第三の風車宗治が誕生しないとも言い切れない。しかし、その能力者本人が持つ生存権は保障しなくてはならない。
組織では、この能力者の身柄を保護するべく活動している。ただし、生死は問わない。一般人に危害を加える能力者は、能力者保護法に基づき、処分しなくてはならない。
保護した能力者の中には組織のメンバーとして働いている者が多く、今回伊代とともに『任務』にあたる
「日比谷のどれですか?」
『ハルくんですよ。ハルくん』
作倉の返答に、伊代は眉をひそめた。次に伊代が口にする言葉は「お断りします。他の人にしてください」だ。
日比谷忠弘という能力者は、五人いる。正確には、日比谷忠弘という一人の能力者が五人に【分裂】している。五つ子との相違点は、全員が日比谷忠弘本人であるという点だ。顔も体型も同じ。
組織で預かることになってから、五人のうちの一人が「みなさんが困ってしまうでしょうよ」と言い出して、それぞれに個別のニックネームをつけた。
一人は
一人は
一人は
一人は
最後の一人は本体とされている。本体なので、忠弘の名前を託された。この本体が損傷すれば、他の四人にもダメージが入る。逆に、他の四人がどれだけ負傷しようとも本体にはダメージが入らない。だから本体は安全な場所に匿われている。
他の四人は『日比谷忠弘の分裂体』と定義されている。肉体は確かに通常の人間と同じように存在するが、体液は出ない。体温もなく、任意で霊体になり、壁をすり抜けることも可能だ。本体を攻撃されない限りは、ほぼ不死身といえよう。
『今度、寿司を食べに行きましょう。行きたいと思っている店があるのでねえ』
どうやら伊代が行くことはすでに確定していて、なおかつ、無事に帰ってくることまで、作倉には視えているようだ。伊代はため息をついてから「了解しました」と答えて、携帯電話を閉じた。決して寿司につられたわけではない。作倉の『今度』は、信頼していい言葉だ。それに、忠治なら何が何でも伊代を傷つけまいとするだろう。自らは傷つかないのだから、身を挺して守ってくれる。あとは、伊代自身の気の持ちようだ。
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