第三話 日韓ワールドカップ

 二〇〇二年、サッカーワールドカップが歴史上初めて、アジアで、ここ日本で開催されました。単独開催ではなく日韓共催でしたが、それはもう大変な盛り上がりを見せました。開幕前から、世間はワールドカップの話題で持ちきり。ニュースでも、どこに誰が来たとか、日本各地にいるスター選手のキャンプでの様子といったような、サッカーの話一色に染まっていました。地元埼玉では、ワールドカップ誘致に合わせて巨大なサッカー専用スタジアム『埼玉スタジアム二〇〇二』が建設され、今では我らが浦和レッズのホームスタジアムとして運用されています。

 日本代表はこの大会、前回のワールドカップメンバーである中山雅史、中田英寿らに、ゴールデンエイジと呼ばれる世代、小野伸二、稲本潤一、小笠原満男、中田浩二らが加わり、大躍進しました。ベルギー、ロシア、チュニジアと一緒だったグループを二勝一分け、得失点差プラス三という好成績で突破。初の決勝トーナメントへ進みます。迎えたベスト十六の試合では、トルコ代表に惜しくも一対〇で敗れ、涙をのみました。テレビ中継も大いに盛り上がりました。以降、日本代表はベスト十六の壁を破れずにいます。因みに、日本におけるサッカーテレビ中継の視聴率は、この時二〇〇二年のグループリーグ、日本対ロシア戦が歴代最高となっており、実に六十六パーセントを記録しています。視聴率の次点もこの時のワールドカップ決勝戦、ドイツ対ブラジルの好カードで、日本代表戦とほぼ同じ六十五パーセントです。実に三人のうち二人がサッカー中継を観戦していたという数字です。日本で最もサッカーが盛り上がっていた時代だった、と言って過言ではないでしょう。日本国内で気楽に、少人数でもサッカーが楽しめるフットサル場も、この頃から急増しました。日韓ワールドカップから五年後の二〇〇七年には、日本フットサルリーグ (Fリーグ) も設立されました。


 幾つかのアルバイトを経て、見付けたのが東松山の古本屋でした。求人誌に載っていたのを発見して応募しました。車で二十分から三十分ほどでしょうか、アルバイトにしては遠いですが、古本屋で働きたいという思いが勝りました。しかし、そこの面接で聞かされた言葉は、衝撃的なものでした。今度、熊谷で新店舗をオープンする。そのためのオープニングスタッフを募集中だというのです。東松山店のアルバイトも数名雇うが、大部分は熊谷まで行って貰いたい、と。

 東松山から熊谷までは、更に車で三十分以上かかります。家からだと小一時間、混雑具合によっては一時間以上です。普通の職場ならいざ知らず、アルバイトが通う距離ではありません。だから、面接の際に「それでも大丈夫です」と即答した自分に、面接の方は目を丸くしていました。


 このような経緯で、自分は熊谷の古本屋でアルバイトを始めました。二十代の半ば頃だったでしょうか。グランドオープンの準備中に、高価なスニーカーがコールタール塗れで使えなくなりました。肉体労働ばかりで、大工や解体作業の真似事のような事をやらされました。正直、やりたかったものとは全然違う、よく分からない仕事のために、毎朝一時間の通勤を余儀なくされるのは納得がいませんでした。それでも古本屋になるためです。同じように、本が好きで応募して、よく分からない作業をやらされたオープニングスタッフの面々とは、普通のバイト仲間以上に仲良くなれた気がします。

 グランドオープン。その後のアルバイト生活。なかなかに充実した日々でした。古本だけではなく、様々な玩具なども扱うお店ですので、自分は本の担当ではなく、知識があったカードゲームの担当になりました。そちらも大好きで、昔から個人トレードやネット販売などを行っていましたから、それはそれで楽しい職場でした。それまで自分が好んで遊んでいたカードゲームとは別の、日本で一、二を争う人気カードゲームがメイン商品でした。しかし自分が一生懸命に仕分けをし、売り場を整理した結果、自分が好きだった方のカードゲームの売り上げもグンと伸びました。それまでは、同じ種類のカードというだけで特に仕分けもせず、まとめ売りをしていただけですから、売り上げが伸びたのは当然の結果でしょう。

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