033:抱きしめられながらキッス
僕と小熊さんは手を繋ぎながら校舎を回り、クラスの出し物の宣伝をしている。
着ぐるみを着ていることもあり、かなり注目を浴びている。
これも宣伝のためと考えれば、着ぐるみを着て注目を集める行動は成功と言えるだろう。
「ねぇー見て。着ぐるみが歩いてるよ」
「コスプレ喫茶か。チェキが撮れるってなんか変わってるね」
「面白そうだから行ってみようよ」
「そうだね。1年生の教室だってよ」
このように集客力はあるのだ。
まあ、小熊さんがメイド服を着て歩いた方が、今よりも注目を集めるに違いないけどね。
「次はあっちの方にも行ってみようかっ。人がいっぱい集まってるし」
「そうだね」
校門が違いせいか人がたくさん集まっている。
あそこなら効率よく集客できそうだ。
「おいっ! 着ぐるみとかおもしれーじゃん」
「ウケる。何コイツら」
背中からヤカラの声が。
人が多いとこういった類の人が増えるのは必然か。
小熊さんに危害を加えるわけにはいかないからな。絡まれないうちに逃げるか。
教室に逃げてもいいけど、教室よりは職員室の方が近い。そっちに逃げた方が確実にヤカラたちを追い払えるはず。
「小熊さん、行こう」
と、声をかけた時にはもう遅かった。
2人のヤカラは僕たちの前でジロジロと面白がりながら見ている。
どう遊んでやろうか考えている表情だ。
って、あ、あれ?
このヤカラたちどっかで見たことがあるぞ。
どこだっけ……。
「ナンパ男」
そう! それだ!
ショッピングモールにいたナンパ男!
「あ? なんか喋ったか? 着ぐるみって喋っていいのかよ?」
着ぐるみだから声が通りにくくて聞こえなかったんだ。
僕は耳が慣れてきたから聞こえたけど。
って、そんなことよりもこの状況どうする。
最悪なことに職員室までの道は塞がれてる。走って逃げてもいいけど小熊さんが転んで怪我でもしたら責任取れないぞ。命をいくつ献上して足りたもんじゃない。
ここは穏便に回避するしかなさそうだな。
「着ぐるみきてんならなんかやれよ」
「今流行のチョゲチョゲダンスとか踊れよ」
チョゲチョゲダンスって何?
そんな変な名前のダンス流行ってるの?
「おい、どうしたんだよ。踊れよ」
「踊れ、踊れ、踊れ」
踊れって言われても、チョゲチョゲダンスがわからないんだよ。
くっそ。このままだとナンパ男たちの機嫌を損ねてしまいかねない。
挙げ句の果てに手を出してきて、小熊さんに怪我を……ダメだ。それだけは絶対にダメだ。
僕が小熊さんを守る。約束したじゃないか。絶対に守るって。
僕は勇気を振り絞って一歩前に出た。
「おう? なんだウサギ野郎。やんのかこら?」
「俺たちを誰だと思ってんだ? おう?」
ひぃいいいい。怖ぇえええええ。
やっぱり怖いものは怖いぞ。
あぁ、体が小刻みに震え出した。
絶対小熊さん気付いてるよね。手繋いだままだもんね。
またかっこ悪いところを見せちゃったぞ。最悪だ。
「お、おい……な、なんかめっちゃ不気味だぞ、このウサギ……」
「ホラー映画でこんなウサギ見たことあるぞ。着ぐるみの化け物……」
なんかナンパ男たちも顔色が悪くなってる?
いや、視界が狭いからただの勘違いだろう。
「カタカタ震えてて……こんな震え方、人間にできるわけねー」
「だとしたらこの着ぐるみの中って……映画の着ぐるみの化け物!?」
何か2人で話してる。作戦会議か?
どうやって遊んでやろうか考えてるのか?
させない。小熊さんは僕が守るんだ。
どんなに怖くて震えたっても、絶対に守って見せる。
「で、でもそんな訳ねーよな。ここただの高校だぞ」
「だよな。それに映画はフィクションだしな」
「最近の映画だからって影響受けすぎだわ。冷静に考えたらあんな化け物いるわけない」
「そうだよな。クソウサギのせいで無駄に怖がっちまったじゃねーか」
「どう落とし前つけるんだ? おう?」
やばい。作戦会議が終わったみたいだ。
めちゃくちゃ睨みつけてきてる。
一触即発とはまさにこのことを言うのかもしれない。
殴り合っても勝てない。話し合いも無理。
でも大丈夫だ。僕には切り札がある。
魔法の言葉を今放つ時がきた。
「
しまった。ビビりすぎてめちゃくちゃ声が震えてしまった。しかもめっちゃ小さい。声が出てたのかも疑うレベルだぞこれ。
やばい。もう一回言わないと。今度は咳払いして声を出しやすくしてから……。
「ひぇっ!!」
「ひぃい!!」
あ、あれ?
この反応……もしかして聞こえてた?
あんなに震えた声が? しかも被り物でこもった小さな声が?
「な、なんで猿田さんの名前が!」
「この高校も猿田さんの縄張りだったのかよ」
ナンパ男たちは恐怖のあまり後退る。
そしてそのまま悲鳴を上げながら校門を出た。
本当にすごいな純平のお姉ちゃんは。
なぜここまで柄の悪い人たちに恐れられているのかは実際のところ知らない。
聞きたいけど、なぜか聞けず今に至るって感じ。
純平の家に遊びに行ったりした時に何度か見たことあるけど、優しそうな人って印象だったけど。
そんなことより今は小熊さんだ。小熊さんの心のケアをしなきゃ。
「小熊さん。大丈夫だった」
「ありがとうっ」
小熊さんの声がすぐ近くにあるように感じた。
着ぐるみ越しだというのに、すぐ目の前にいるようなそんな感じだ。
それもそうか。この腰に感じる絞め付け、そして繋いでいた手がいつの間にか離れている。
これってもしかして抱きつかれてる?
視界が狭くてよくわかんないぞ。でもこの感じは抱きついている以外にあり得ない。
恐怖のあまり僕なんかに抱きついてしまったんだなきっと。
ここは落ち着こう。やましい気持ちなんて考えてはダメだ。
「見てー、クマがウサギに抱きついてるよー」
微かに聞こえる人の声。
どうやら本当に抱きついてるみたいだ。
「しかもチューしてるー!!」
「マジだ! キッスだ! キッス!」
「ラブラブだなぁ〜」
は?
チューしてるって、キッスしてるって言ったか?
聞き間違い……ではないか。
頭の位置的に着ぐるみの顔と顔がちょうどいい感じにくっついてしまったんだろうな。
それがキスしてるみたいに見えてるんだ。
抱きついてる状況も含めて、そう見えてしまうのは仕方ないよな。
僕と小熊さんがキッスか……って、やめろやめろ。変な妄想するな。やましい気持ちを考えないって決めたばかりだろ。
「小熊さん。ちょっと早いけど教室に戻って少し休もうか」
「もうちょっと……」
「え?」
よく聞こえない。
さっきはあんなに聞こえたのに。
そうかお客さんたちのざわつきが、さっきよりもあるからか。
いや、今のはただ単に小熊さんの声が小さかったからか?
「もうちょっと……もうちょっとだけこのまま」
えぇええええええ!?
なんで?
聞こえたら聞こえたで理解できない言葉が!
あっ、そうか。きっと恐怖で腰が抜けてしまったんだ。
だからこうやって抱きついてないと立ってられないんだ。
なるほど理解したよ。
危なかったー。ついつい変なことを考えてしまうところだった。
小熊さんみたいな究極美少女が、僕みたいな食物連鎖の底辺にいるようなウサギにそういった感情を持つわけないもんな。
ここは紳士的に受け止めてあげるのが最適解だろう。
「うん。じゃあもう少しこのままで」
「ありがとうっ」
あぁ、全世界のくままファンの皆様、これは腰が抜けてしまった小熊さんのためにやっていることであって、決してやましい気持ちでやっているわけではありません。
気絶していないのがその証拠です。正直なところ寝不足と相まって意識を保つのがやっとなんだけどね。
そしてさらにこの注目を浴びている状況も一種の宣伝ということになるはずです。それが本来の目的ですからね。
だからどうか全世界のくままファンの皆様、温かな目で見てくれると助かります。
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