032:着ぐるみを貫通するほどの可愛さ
「隼兎くんっ」
着替えスペースから出た瞬間、声をかけられた。
声をかけてきたのは、脳が蕩けてしまいそうになるほど甘く可愛らしい声の持ち主だ。
そんな人物は僕が知る限り一人しかいない。小熊さんだ。
だけど僕の目の前には小熊さんの姿はない。
それどころか小熊さんの甘く可愛らしい声も聞き取りづらかった。まるで何かに遮られているような感じに聞こえた。
不可解な点が多いが、最も不可解なのは僕の目の前に立つ
「まさかとは思うけど……いや、この溢れんばかりの可愛いオーラは……小熊さん!?」
「正解だよ隼兎くん。さすがだね」
やっぱり小熊さんだったか。
小熊さんの絶大の可愛いオーラは、着ぐるみに入っていたとしても隠し切れないんだな。
着ぐるみを貫通するほどの可愛さ。さすがなのは小熊さんの方だよ。どんだけ可愛いんだよ。
妖精かよ。天使かよ。いや、違う。今は……
「もしかしてなんだけど……男子のところにあった
「うんっ! そうだよ! 隼兎くん似合うと思って選んだの! 私と
これまたやっぱりそうだったのか。
男子の着替えスペースにあったあの衣装――
確かに名前に
コーヒーとか紅茶とか運べなさそうなんだけど。そもそも視界が悪くて頭を押さえてないと動けなさそう。
でも……小熊さんとお揃いかぁ。
クマの着ぐるみとウサギの着ぐるみ。全く想像してなかった衣装、そして組み合わせだけど……めちゃくちゃ良い!!
小熊さんが選ぶものはなんてセンスがいいんだ!!!
「2人で着ぐるみ着てさ、あとでチェキ撮ろうよっ。今は準備とかで忙しいからさっ」
「あっ、うん。ぜひ! ぜひとも! 撮る! 絶対に撮る!」
小熊さんからのお誘い!
なんて嬉しいお誘いなんだ。
しかもツーショットチェキが1枚確定したぞ!
くぅうううう。幸せすぎる。
あっ、でも待てよ。頭を被ったままだと誰だか分からなくないか?
いや、小熊さんの魅力の前では関係のないことだ。
小熊さんの魅力を隠せるものなどこの世に存在しない。
それに僕の記憶の中に永遠に残ることだからね。
着ぐるみチェキ。うん。とってもいい響きだ。
「それじゃ、1班の邪魔にならないようにちょっと廊下に出ようか」
ゴタゴタし始めてきたクラスを見ての判断だ。さすがくまま様、洞察力が段違いだ。
でもなんで廊下なんだ? 教室の端っこでもいいはずだし、まだ先生の挨拶とかも済んでないはず。
「先生の挨拶は割愛だってさ。1班の準備優先だってさっ。1版以外は自由行動だって〜」
僕の心を読んだかのようなタイミングでの返答。さすが全知全能の神を超越する存在のくまま様だ。
「まあ、ホームルームとかで散々言ってたもんね。開会式でも」
「そういうこと。だから邪魔にならないように廊下に出よう」
僕の先を歩くクマの着ぐるみ。着替えなくていいのだろうか。それとも着替えるタイミングじゃないと判断したのだろうか。
廊下に出るとすぐにクマの着ぐるみから声が聞こえ始めた。
「あっ、私2班だからチェキ撮りたくなったらいつでも呼んでね。でもちゃんと並ばないとダメだよ。学校のみんなだけじゃなくて、地域のみんなもいっぱい来るかもなんだからっ」
「も、もちろんちゃんと並ぶよ。小熊さんの仕事が終わるまで何度も並ぶと思う」
「ふふっ。楽しみにしてるね。それじゃ
クマの着ぐるみが手を差し伸べてきた。
中には小熊さんが入っている。これは小熊さんの手だ。この手を握れと言っているのか?
というかそれ以前に『行こうっか』って何?
あ、あれ? この流れってもしかして……文化祭デート!?
「クラスの宣伝だよ」
「で、ですよね……」
差し伸べている手とは反対の手には宣伝用に作られたボードが握られていた。
いつの間に取ったんだろう。時間すらも自由に操るくまま様の早技だな。きっと。
「ふふっ。文化祭デートだと思ったでしょ?」
ば、バレてる。恥ずかしい。
「お、思ってないよ」
「顔に書いてあるけど?」
「思いました」
「正直でよろしい」
くまま様に嘘は通じないな。さすがだ。
恥ずかしさのあまり嘘を吐いてしまった自分を呪いたい。
「文化祭デートじゃなくて残念だった?」
「残念だけど、一緒に宣伝できるんなら幸せだよ」
デートでも宣伝でもなんでもいい。
小熊さんと一緒にいられるだけで幸せに決まってる。
「でもなんで着ぐるみ? 小熊さんならメイド服とかで宣伝したほうが、いっぱいお客さん呼べると思うんだけど。むしろ全員来ると思うよ」
「う〜ん。それだと隼兎くんとゆっくり校舎を歩けないと思ってさ」
「あー、そういうことか。え? どういうこと?」
「2人でお話ししながら校舎歩いて宣伝しようっ。これなら隼兎くんがいっつも言ってるスキャンダルとかにならずに済むでしょ?」
「スキャンダル対策で着ぐるみを……だったら僕も! 小熊さんだけに負担をかけさせるわけにはいかない!」
僕は一目散に教室に戻った。
向かう場所は一つ。ウサギの着ぐるみがある着替えスペースだ。
せっかく僕のために選んでくれた着ぐるみなんだ。ここで着ないでどうする。
自分の担当の時間じゃないから着るのはどうかと思うけど、宣伝するために着るんなら話は別だ。
着ぐるみ着て校舎を回る。最高の思い出じゃないか。
ありがとう小熊さん。僕にこんな最高のシチュエーションを用意してくれて。
ウサギの着ぐるみは案外簡単に着ることができた。上下繋がったスウェットを着ているような感じだ。
頭の部分も軽く、負担が少ない。視野が狭いのと激しく頭を動かせないってのが欠点だな。
でも校舎を回るのに全然苦じゃないぞ。
小熊さんが言っていたようにスキャンダル対策にもなる。まさに神衣装だ。
おっと。忘れてはいけない。これを選んだのも神。くまま様だった。
「お待たせ」
「速いね!」
当然だ。小熊さんを待たせるわけにはいかないからね。
「それに、ふふっ。想像以上に似合ってるよ。声までピッタリ。ふふっはははっ!!」
「ちょ、笑いすぎだって」
「だって似合いすぎなんだもんっ。ふふっ。あー、面白い」
小熊さんが笑顔なら僕は満足だ。
着ぐるみを着てよかったと思ってるよ。
「それじゃ……」
再び差し伸べられる手のひら。
この手を取っていいのだろうか。
「ほら、手っ!」
やっぱりこれは手を握れと言っている。
でもなんで手を……恥ずかしいじゃないか。
それに小熊さんは嫌じゃないのか?
「視界が狭いでしょ? 危ないから手を繋ごうよ。どっちかが転んでも大丈夫なようにさ」
た、確かに!!
というか、ここで手を繋がないと一生手を繋ぐチャンスなんて訪れないぞ。
なんて素晴らしい着ぐるみなんだ。
名前に
「そ、そうだね。転ぶと危ないからね」
着ぐるみの布越しで小熊さんと手を繋いでしまった。
なんて幸せなんだろうか。
もしも直接手を繋いでいたら失神するレベルだぞ。
布越しで本当に良かった。
「宣伝に行くよっ」
「う、うん!」
こうしてクマの着ぐるみとウサギの着ぐるみはクラスの宣伝のために校舎を回ることになった。
もう一度だけ確認するけど、これって文化祭デートじゃないんだよね?
着ぐるみだけど手繋いでるよ?
しかも二人っきりだし。
「クラスの宣伝だよっ!! ふふっ」
やっぱり小熊さんは僕の心を読めるのか!
着ぐるみの頭を被ってて表情なんて見えないのに!
もしかして、この手か? この手から伝わってるのか?
心が読まれるんなら離さなきゃ。変なことを考える前に離すべきだ。
「ふふっ。手、離さないでね」
「はい。一生離しません」
ずっとこの手と繋いでいたい。
そんな風に心の底から思ってしまった。
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