014:コンビ格差

『以上! ご当地アイドルIRISアイリスでしたー!』


 ご当地アイドルIRISアイリスが――推しのくままのイベントが終わった。

 毎度のことながらあっという間すぎる。


 それにしても今日のくままは、いつもよりも元気いっぱいで楽しそうに見えたな。

 相方のれおれおがいたからだろうか。

 だとしたらこの先もずっとくままの相方でいてほしいな。


『それでは只今よりチェキ会を行います』


 おっ、始まった。始まった。

 女性スタッフの呼びかけに反応した僕は、ゆっくりと音響機器から離れまっすぐに歩き出す。


『参加される方は受付にて参加券の購入をお願いします。ソロチェキは300円、ツーショットチェキは500円となっております』


 参加券を買うためだ。

 僕の足取りはとてもゆっくり。余裕綽綽よゆうしゃくしゃくといった感じだ。

 それもそのはず。チェキは毎回僕しか撮る人がいない。

 まあ、次のイベントでは純平も撮るだろうけど。


「……あっ、すいません」


「いや、こちらこそ、すいません」


 考え事をしていたらぶつかってしまった。


 でもどうして人が突然……さっきまで誰もいなかったはずのに。

 通行人だとしてもライブが行われていたステージの正面だぞ。こんなところ誰も歩かないはず。

 だとしたらなんでだ?

 いや、なんでだ? じゃない。もうとっくに気付いている。

 この人は……いや、このは……


『一列にお並びください! 一列でお願いしますね〜!』


 チェキ会の参加者たちだ。

 しかも行列。10人……いや、13人いるぞ!?

 余裕こいて歩いてたから最後尾になってしまった。


 でもどうして?

 前回、前々回は僕以外誰もチェキ会に参加しなかったのに。

 いや、そうか。やっとくままの魅力に気付いたのか。

 くまま推しの僕からしたら嬉しい限りだ。

 こうやってファンが増えていけば、もっと盛り上がるよな。

 盛り上がればくままだって喜ぶ。モチベーションだって上がるはずだ。

 モチベーションが上がれば、最高のパフォーマンスが当たり前のように毎回更新されていんだろうな。

 なんだかワクワクしてきたぞ。くままが有名になればくまま推しの僕は鼻がたかい。


 緊張しながらだけど、こうやっていろんなことを考えながら並ぶのも少し楽しいかもしれない。


「れおれお殿〜、チェキお願いしますでござる」


「うん。ポーズは?」


 おっ、最初の人はれおれお目当てだったのか。

 だとしたら半分くらいがくまま目当てになりそうだな。

 いや、両方とチェキを撮る可能性も。れおれおと撮って並び直したりとか。


「れおれお殿〜、チェキありがとうでござる。久しぶりのステージ本当によかったでござるよ。拙者すっごく感動したでござる。とくに2曲目のソロパートのところ。麻痺耐性のある拙者でも毎回痺れるでござるよ。本当にれおれお殿はかっこいいでござるなぁ〜」


「うん。ありがとう」


「それじゃ並び直すでござるね。ツーショットチェキまたよろしくでござる。あとソロチェキの分もたくさん買うでござるから、たくさん並ぶでござるね〜」


「うん。よろしく」


 れおれおのファンのござるの人、めっちゃ熱く語ってるのに、れおれおはなんか素っ気ない感じだな。塩対応ってやつか? 

 でもござるの人めっちゃ嬉しそうだ。

 本当にれおれおのことが好きなんだろうな。この塩対応も含めて全部好きなんだろうな。


 で、肝心の天使様はどんな神対応を?


「え? あ、あれ?」


 思わず声が出てしまった。

 それだけ衝撃的な光景が僕の瞳に映った。

 チェキ会参加者たちは全員れおれおの列に並んでいるのだ。


 コンビ格差か!?


 いや、違う。きっと最初にれおれおの方に並んで、次にくままの方に……。

 そう願いたいが、僕の視覚からの情報がそれを否定した。

 れおれおの列に並んでいるファンたちは皆、紫色のアイテム身につけている。

 れおれおのイメージカラーの紫色だ。

 それに対してくままのイメージカラーの黄色を身に付けている人は誰一人としていない。

 いや、一人いる――僕だ。

 僕だけが黄色のシャツを――英語の文字がプリントされているダサい黄色のシャツを着ている。

 ダサいは余計か。これしか黄色の持ってなかったんだから仕方がないだろ。

 とまあ、自虐はこの辺にして、どうしてこんなにもコンビ格差が生まれてるんだ?


「サムライさん。8時間かけて来た甲斐がありましたね」


「そうでござるよな。こんなに人が少ないのは初めてでござるよね。たくさんチェキを撮るでござるよ」


 並び直したファンの人たちが楽しげに会話をしている。チェキを撮り終わって緊張が解れたんだろうな。

 それに僕の後ろのござるの人、サムライさんって呼ばれてる。キャラ作りが徹底してるなぁ。

 あと8時間かけて来たのかよ。すごすぎる。


「抹茶プリンの時代はチェキ撮るのすらも抽選でしたからね」


「懐かしいでござるなぁ。抹茶プリンを卒業しても、こうしてアイドルを続けてくれて感謝でござるよ」


 なるほど。れおれおは元々『抹茶プリン』というグループでアイドルをやっていたのか。

 だからこんなにコンビ格差が。


「次の方〜、こちらへどうぞ〜」


 おっと、僕の番だ。


「ソロチェキは300円、ツーショットチェキは500円となっております」


 コンビ格差がなんだ。僕がいるじゃないか。

 僕がコンビ格差を埋めるくらいチェキを撮ればいいだけの話じゃないか。


「ツーショットチェキ20枚……お願いします」


「はい。ありがとうございます。そしたら、合計……1万円になります」


「あっ、は、はい!」


 1万円札が参加券20枚に……い、一気に買ってしまったな。

 合計金額を言われると、さすがにゾッとする。

 だが、これでいい。これでいいんだ。

 くままを……小熊さんを独りにはさせない。


 僕は参加券を購入し、それを握りしめてくままが待つステージへと上がった。


隼兎はやとくん、聞こえたよ。というか見てたよ。20枚も買ってくれたんだねっ」


「あっ、うん。学校では散々だったからね。我慢した分、一気に買った」


「ふふっ、隼兎くんって本当に優しいね。我慢してた分もそうだけど、コンビ格差が気になって買ってくれたんでしょ?」


 お、お見通しだと?

 僕の心を読んだ? もしかしてくままは心を見通す神だとでもいうのか?


「いや、ち、違うよ……」


「嘘ついてる顔だ〜。私隼兎くんのこといっぱい見てたから、表情だけでわかっちゃうよ〜」


 な、なんて可愛い超能力者なんだ。天使か? 天使なのか?


「でもその心配は不要です! 私にはちゃんとファンがいます! 隼兎くん以外にもね!」


 くままの視線の先、そこには黄色のタオルを振るおじいちゃんとおばあちゃんの姿があった。


「休憩広場として利用してたおじいちゃんとおばあちゃんたちは、すっかり私のファンよ。チェキを撮らなくたってちゃ〜んとそこにいてくれてるの」


「ほ、本当だ。そういえば前回も前々回もいたような気がする」


「気がするんじゃなくて、いたよ〜。同じ席にね」


 すごい。一人一人のことちゃんと覚えているんだ。

 さすがくまま。天使や女神を凌駕する存在! くまま様だ!


「私の心配よりもさ〜、をした方がいいんじゃないのかな〜?」


「え? 僕の心配? どういうこと?」


 本当にどういうことだろう。自分の心配って、心配するような要素どこかにあったか?


ポーズ考えなきゃだよ〜?」


「20個……ポーズ? あ!?」


「ふふっ。気付いた?」


 楽しげに笑うくままを瞳に映しながら、僕は気付いてしまった。

 20回分のポーズを考えなければいけないということに。


「全部くままポーズじゃダメですか?」


「ダメー! 全部違うポーズねっ。それと全部隼兎くんが考えてね〜」


「え〜!!!」


「ふふっ」


 くままから揶揄からかわれるのは嫌いじゃない。

 くままが本当に本当に楽しそうな表情を見せてくれるからだ。

 学校にいる時と同じ。小熊さんがせてくれる僕の大好きな表情だ。

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