006:夏休み最終日、二度目のくまま
夏休み最終日――僕は再び
おじいちゃんやおばあちゃん、そして親子連れの家族、学生たちが長椅子に座り
新聞を読むおじいちゃん、漫画を読む学生、
そんな様々な目的の人たちを受け入れている場所――
そう、ここは地元の小さなショッピングモール1階正面出入り口付近にあるイベント広場兼休憩広場だ。
僕が人生初のチェキを撮った場所。そして僕に初めて推しという存在ができた場所。
僕にとってここは――このイベント広場はまさに〝聖域〟だ。
夏休み最終日――僕は聖域に足を踏み入れたのだ。
何のために? 決まっている。
新聞を読んだり、軽食をとったり、談笑したり、目的は様々だが、僕の目的はリベンジ――
ご当地アイドル
ご当地アイドル
僕はこの日をどれだけ待ち望んでいたか。
どれだけリベンジすることを考えていたか。
作戦は練りに練った。夜の数だけ考えた。だから大丈夫。
あとはその時が来るのをここで――あの日と同じ、音響機器の隣で待つだけ。
本当はもっと近くで見たいけど、恥ずかしくてここが限界。
これ以上近付くと目的のリベンジを実行する直前で尊くて倒れてしまう。
だからここでいい。僕みたいな小心者にはここがお似合いだ。
それにくままの――小熊さんのクラスメイトである僕が、イベントを見ているところを誰かに見られでもしたら、くまま自身に迷惑がかかってしまうかもしれないからね。
くままのファンとして迷惑だけは絶対にかけたくない。だからこの位置はクラスメイトで小心者の僕として最適だし、ファンとして迷惑がかからない位置でもあるんだ。
『ご来場の皆様誠にありがとうございます。只今よりご当地アイドル
始まる。くままのイベントが始まる。
『くままの登場です。盛大な拍手を〜!!!』
――パチパチパチパチパチ!!!
拍手の音が鼓膜のみならず全身を振動する。
一気に空気が変わったのがわかる。
休憩所として利用されていた場所が、拍手をきっかけにイベント会場へと変わった。
いや、それは一つの要因にすぎない。
空気を変えた一番の要因はステージに壇上したくままだ。
前回と同じ可愛らしい黄色の衣装に身を包んでいる妖精さんのようなくまま。
長い髪は可愛らしい装飾に束ねられている天使のようなくまま。
それでいて小動物のように愛くるしい仕草のくまま。
「くぅううううううう――!!!」
思わず声が漏れた。
尊き存在を前にして我慢できるはずがない。
しかしここはイベント広場だ。僕の声を抑えてくれる枕なんて持ってきているはずがない。
遠慮することない声はこの場にいる全員に聞こえただろう。
そう、僕の声はくままが登場する際に流された音楽――
音響機材の隣ということも相まって、しっかりとかき消されているのだ。
『ご当地アイドル
誰もが知るアイドルのカバー曲とかではなく、地元をテーマにしたオリジナルソング。
さすがご当地アイドルだ。抜かりない。
きっと素晴らしい運営さんがいるに違いない。
くままのことを――くままに関係するありとあらゆることを考えながら歌を聴く。
体は自然とリズムを刻む。呼吸も鼓動もくままが奏でるリズムと同じになっている気がする。
視線はくままだけを追ってる。ステージの端から端まで使う元気いっぱいのくままだけを。
『――でしたー! ありがとうございますっ!』
疲れている様子も息を切らしている様子も一切見えない。
笑顔だけが満開に咲き誇り、一曲目が終わった。
あっという間だった。
時間すらも超越するほどの歌唱力と踊り。くままは女神か何かなのか?
『――夏休み最後のイベントに集まってくださりありがとうございます。今日も
これがアイドリングトークというやつか。
トークのみならず雰囲気作りも上手い。会場が一体となってる気がする。やっぱりくままは女神だ。
尊き存在――それが推し。あぁ、今日も元気でありがとう。
『続いて二曲! 二曲目も地元をテーマにしたオリジナルソングですっ! 聴いてください――』
元気いっぱいのくままに感謝してたら、二曲目が始まった!
油断してられないな。時間は限られている。目の前の天使に集中しなければ。
そしてリベンジを果たすんだ。そのためにここへやってきたんだろ!
『以上。ご当地アイドル
時間というものは残酷だ。楽しければ楽しいほどい早く過ぎてしまう。
気付けばもう四曲全て聴き終わっていた。途中のトークも地元のPRもあっという間だった。
まあ、それだけ楽しかった、幸福感を味わっていたという証拠にもなるが……
『それでは只今よりチェキ会を行います』
女性スタッフからのアナウンス。
待っていた。これを、この時を――リベンジの瞬間を、僕は待っていたんだ。
『参加される方は受付にて参加券の購入をお願いします。ソロチェキは300円、ツーショットチェキは500円となっております』
前回同様の値段設定。ツーショットチェキは500円。ふんっ、問題ない。
このリベンジの瞬間のために用意した策を――練りに練った作戦を披露する時!
『チェキ会に参加される方はいらっしゃいませんかー? いらっしゃらないのなら、これで終了と、おっ! そこのお兄さん、こちらへどうぞ〜』
堂々と挙がる僕の右手に女性スタッフが気付いた。
その瞬間、くままに集まっていた視線が僕の方へと一気に集まる。
前回も感じたこの緊張感と圧。二度目だがわかる。一生慣れることがないのだと。
それだけ僕の心臓は激しくビートを刻んでいる。
だが、ここで
僕の目的はリベンジすること――
力強く踏み出した一歩。手と足が一緒に出てしまっているのなんてお構いなしにくままがいるステージへと向かう。
着実にくままに近付いている。天使が待ってるステージに近付いている。
クラスメイトの小熊さん。ご当地アイドルのくまま。妖精や天使や女神を超越した存在。そんな彼女が立っているステージへ――
『あっ、お兄さん。先に受け付けからでお願いしますね〜』
焦りすぎた! くっそ恥ずかしい!
はやる気持ちを抑えられずに失敗してしまったー!
くままもすっごい笑ってるし!
やめて! そんなに笑わないで! 恥ずかしいからー!
「ふふっ」
でも、くままの笑顔を引き出せた。
笑ってる顔も天使だ。可愛すぎる。
恥ずかしい思いをしたが、それ以上に得たものが大きかった。
ありがとう僕のこのはやる気持ち。
おかげで今日一番の最高の笑顔を見ることができたよ。
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