《ときめきの夏休み編》

002:思いがけない出会いと〝ときめき〟

 高校一年の夏休みの出来事。

 僕は夏休みの宿題との激しい戦いによって責務を全うした赤ペンを新たに買うべく、地元のショッピングモールを訪れていた。

 文房具を買うならショッピングモール内にある本屋か学校の近くの小さな本屋。その二択だ。

 二択と言いつつも迷わずショッピングモールを選んだ僕がいる。

 幼いの頃から何度も訪れているショッピングモール。どこにどんなお店があるのかフロアマップを見なくてもわかるほどに訪れている。

 慣れているという理由もあるけれど、ショッピングモールを迷わず選んだ理由は、単純にこの胸がワクワクドキドキと子供の頃に感じていた〝ときめき〟の気持ちを思い出させてくれるからだ。

 何度も訪れているはずなのに、興味をそそるお店があるわけでもないのに、ショッピングモールというものは幼い頃から僕の心をくすぐってくる。とても大好きな場所である。

 だから僕は赤ペンとその他もろもろを購入し目的を果たしたはずなのに、真っ直ぐに出口へと向かわず、遠回りをした。

 何かが起きるかもしれない。友達にばったり会うかもしれない。

 そんな期待と少しでも長くこの〝ときめき〟を味わっていたいという感情が僕を遠回りさせている。


「おーいっ! おーいってばー!」


 背後から声がする。誰かを呼んでいる声だ。かなり大きい。

 振り向こうかと考えたが、僕じゃなかった場合恥ずかしい思いをしてしまう。

 ここは気付かないフリを決めるのが正解だろう。


隼兎はやとー!! おーいって!」


 僕の名前だ。これによって僕が呼ばれていることが確定した。

 そういえば聞いたことがある声だ。

 名前を呼ばれ反射的に振り向くと、そこに立っていたのは――


「――純平じゅんぺい!!」


 猿田純平さるたじゅんぺい――クラスメイトで小学校の頃からの親友だ。

 まさか純平に会うとは。遠回りして正解だったな。


「奇遇だな。隼兎はやと使頼まれたのか?」


 純平の『お使い』という言葉を聞いて、僕の瞳は吸い込まれるように彼が持っている買い物袋を映していた。

 ペットボトル飲料やらお菓子やらが溢れんばかりに大量に入れられている。

 なるほど。両手が重たい荷物で塞がってたから大声で僕を呼んでいたのか。


「ううん。僕はお使いじゃないよ。赤ペンのインクが切れちゃったからさ。あとはラノベとか色々と……」


「そうか。俺は見ての通りだよ。姉貴にお使い頼まれてさ。十人くらいか? 姉貴の友達が一気に家に上がり込んできてよ〜。十人分のお使いはきついぜ〜」


「あはは。大変だね」


 何気ない会話をしながら歩く僕と純平。

 このままゲームセンターに向かって遊びたいというのが本音だが、純平はお使いという名のパシリの最中だ。

 遊びたいという感情を押し殺しながら、自然と出口へと向かった。


 出口が近付くにつれて、いつも通りだったショッピングモールがいつもとは違う空気を――特別感を感じる雰囲気を漂わせ始めた。


「なんだ? 歌? 誰か歌ってんのか?」


 純平も気付いたらしい。

 誰かの歌にショッピングモールが包まれていることに。

 ただ、聴いたことのない曲と知らない歌声。誰が歌っているのか見当がつかない。

 純平も同じようで「誰だろう?」と、小首を何度も傾げていた。


「……誰だろうね。ちょっと気にならない?」


 ショッピングモールというものは幼いの頃の〝ときめき〟をいつも思い出させてくれる。


「まあ気になるよな」


「それじゃちょっとだけ見に行こうよ」


 この〝ときめき〟を少しでも感じていたい僕は、絶賛パシリ中の親友を誘ってみる。


「ああ、いいぜ!」


 直後、方向転換。

 向かう先は歌声が聴こえるイベント広場兼休憩広場。

 ショッピングモール内でイベントを行うのならここしかない。


「……パシリは大丈夫なの?」


 自分から誘っておきながらパシリのことが気になってしまい足取りが重い。


「パシリじゃねーよ。お使いだ! ちょっとくらいの寄り道なら大丈夫だろ」


 大丈夫、という言葉に安堵したのだろうか。僕の足取りは軽くなった。

 どんどんと目的地のイベントステージへと近付いていく。

 近付くにつれて歌声が僕を振動させる。肌から胸へ、鼓膜から脳へ、ドクンドクンと僕の全身を振動させる。

 この振動も〝ときめき〟によく似ていて、心地が良い。


「……ご当地アイドルか」


 歌声と音楽にかき消されることなく、微かに聞こえた純平の声。

 その言葉の通りイベント広場で歌っていたのはご当地アイドル――ご当地アイドルの〝IRISアイリス〟だ。

 聞き覚えのない声、聴いたことのない曲。

 ――それなのに色鮮やかに装飾された小さなステージの上で歌って踊っているご当地アイドルには見覚えがあった。


「妖精さん? じゃなくて、小熊こぐまさん?」


 間違いない。妖精さんに見えたのは、クラスメイトの小熊明香里こぐまあかりさんだ。

 イベント広場のステージで長椅子に座るおじいちゃんやおばあちゃん、そして買い物中の歩行者に見守られながら歌っているのは、クラスメイトの小熊さんだ。


 長い髪はおしゃれな装飾と一緒に束ねられている。メイクも少しだけして大人っぽいあでやかさがある。

 ひらひらの黄色いスカートがふわりと誘惑。この誘惑に釘付けにならない男子は存在しないだろう。

 細い手足からは想像できないほど、パワフルで元気いっぱいな歌と踊り。


 学校にいるときの小熊さんとは別人に見えるほど、可愛くて綺麗で、それでいてすごくて――この胸の〝ときめき〟が今、記録を更新した。

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