助け船
☆
陽視点
☆
「……なんで今なんだよ」
スマートフォンの着信音。
二人だけのカラオケルームに、刺すようにそれは鳴り響く。
泰斗といえど、傍に“彼”が居る事は容易に想像出来る。
今までがずっとそうだった。
この土曜日。
この時間。
面倒な事になることは、容易に想像出来る。
「でっ、出んでええんか……?」
「ああごめんね。ちょっと出てくるよ」
かといって、出なければ月曜日に絶対面倒な事になる。
今だけ電源切ってやり過ごすって手もあるんだけど――
それじゃ、彼女に変に思われてしまう。
……それに、“万が一”もある。
何か大事なことかもしれない。
刻一刻を、争う事かもしれない。
「あっ、その、うち気にせんからココで出てええけど!」
「……ありがとう、ごめんね――」
立ち上がり、スピーカーの音をゼロに。
この部屋はある程度防音があるから、外の声とかは聞こえない。
だがココから出たら流石にうるさい。
カラオケに居ると一発で分かってしまう。
……そうなると、きっと面倒だろうから。
「っ」
一呼吸。
俺は、『通話開始』を押した。
「もしもし、泰斗?」
『あぁやっと出たか。今から○×駅に来いって翔馬が』
「……ごめん、今は無理だよ」
『何? 無理?』
そこは、普段俺達が集まる最寄り駅。
翔馬も居る。きっと真由も居るんだろう。
《――「一生“俺ら”に近付くな、害虫野郎」――》
……あんな事を、彼は言ったはずなのに。
いつも通り。
何も心配するようなことじゃなかった。
だからすぐに断った。
この苛立ちが、声に出てしまいそうだから。
「今は駄目だから。そう言っといて——」
『——変われ』
「!」
そして、ガサガサと音がした後。
変わる声。
聞き慣れた、低い声。
『おい陽。つべこべ言わずに来いや。せっかく誘ってやってんのによ』
「……っ」
あの言葉を忘れたのか、覚えているのかは分からない。
俺をハブって、今更何を言っているのか分からない。
都合の良い時だけその言葉を忘れて、声を掛けてくるのか?
『あ? おい聞こえてんのか——』
「——ごめん」
それを口にするのを飲み込んで、受話口に声を掛ける。
「今、大事な用事中だから」
☆
木原視点
☆
「もしもし、泰斗?」
「……ごめん、今は無理だよ」
「今は駄目だから。そう言っといて——」
受話口に喋る彼の声。
いつもより小さい声量で話しとるから、ちょっと聞こえづらいで。
それでもなんとなく、うちのせいで朝日様の用事が消えてまう事が分かった。
「だから、駄目だから。そう言っといて——」
「……っ」
「——ごめん」
苛立ちはするが、出来るだけ抑えとる……みたいな彼。
さっきのソーダフロートの時とは真逆の様に。
うちのせいで、朝日様の用事が駄目になってまう。
お願いやから、気を使わんでくれ。
“こんな”自分との用なんて——
「——大事な用事中なんだ」
「!」
でも。
その瞬間、彼の感情が現れた気がした。
取り
本当にうちとの時間をそう言ってくれてるんやって。
そう思えたんや。
「だから邪魔しないで、“翔馬”」
「!」
そして聞こえるあのハゲの名前。
そこでようやく、電話の相手がアレやと気付いた。
《——「一生俺らに近付くな、害虫野郎」——》
……あんな台詞吐いたんはどっちの方なんや。
むかつく。
めっちゃむかつく、うちのことじゃないのに。
「……嘘じゃない」
『予定なんてお前にねーだろ』
「……」
『チッ、早くしろ!』
荒々しく、大きなハゲの声はスピーカーから漏れていく。
困っている朝日様。
『うちとカラオケに居る』、なんて言えないんやろ。
彼は優しいから……ハゲからうちに飛び火するから。
全部自分で解決しようとしとる。
時折見える彼の瞳。
またや。
朝日様は全然悪ないのに、まるで“自分が全部悪い”なんて思っとる。
「っ」
……何が、“陰キャに優しい陽キャはいない”や。
おるやんか。目の前に!
バーベキューの時も。
カラオケで絡まれた時も、朝日様はずっと助けてくれたんや。
それなら今ぐらい、うちが力にならんとあかんで!
「今はほんとに無理だから——」
「(机を叩く)」
「!」
こっちを向いた彼に、その画面を見せる。
理解出来たか分からんけど、とにかく操作。
スマートフォン、『ミュージック』。
『気怠げ第二王子とのピクニックデート♡』——『トラック002』――
スピーカー音量マックス、再生時間は『1:32』!
『——おい、準備はまだ時間かかんのか?』
『——早くしねーと置いてくぞ……ったく』
——ストップや!
「……」
『……』
「あー……って感じでさ、今から、その従兄弟と出掛けるんだよね」
『ッ、そうかよ——』
「じゃ! 従兄弟怒らせたらほんと凄いヤバイから! ごめんね!」
——ブチッ
そして、朝日様は電話を切る。
ふはははは! 家族の用事はムリ言えんからなぁ!
なぁハゲ! 今頃電話の前で不安がっとるんやろ?
その脅迫めいた声が家族様に届いたらどう思うやろなぁ!
ふははははははは! IQ5兆の朝日様の勝ちや!
「……ふう」
「だ、大丈夫かいな」
彼の首に、汗が一筋。
いやほんま。
あのドラマCD見せて、完璧にノッてくれた朝日様は流石やな——
「ナイスアシスト。助かったよ」
でもって輝く瞳。
その満面の笑みに、うちは思わずくらっと来た。
……写真撮ってええか?
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