「す、すまん……終わったで」

「あぁおかえり。で、どうしようかな」



ちょっと頬を赤くして、木原さんは戻ってくる。

大丈夫大丈夫、見てない(見てる)。


しかしながら、彼女の両手にはそれはもう沢山の荷物があるわけで。

大事なものだろうから、あまり俺が持つわけにはいかない。



「……?」

「立ち話もしんどいだろうし、ちょっと座れる場所で話す?」


「! あっでも、そ、それは、その……」

「あーごめんごめん、大丈夫だよ」



流石にちょっと距離が近すぎたかな。

たまたま休みに会っただけだし――



「ちっ違うんや。情けない話“コレ”が無くて」

「!」



指で輪っかを作る彼女。

……確かに、そのグッズの量だ。



「それぐらい奢るよ」

「えっいや、悪いで……」

「CDを売ってくれるお礼だよ。気にしないで」

「……え、ええんか?」

「うん。行きたいところとか、好きなものとかあるかな」

「え、えっと……」

「無かったら適当なとこ行くから大丈夫だよ」



迷う素振りを見せる彼女。


だが、答えはあるようだ。

目は伏せながら、ゆっくり口を開く木原さん。



「か、カラオケ……」





都会というだけあって、あちこちにそれはある。

実際何回か翔馬達と来てたから場所は迷わなかった。


土曜の昼間の14時、微妙な時間だったからか予約はせずにそのまま入れたし。



「えっと、これで良い?」

「お、おん」

「じゃあ注文するね」


その後、2品程端末で注文した。

美咲にもお願いされた、名前の長いアレだ。



「そういえば、コラボメニューやってたね」

「そ、そうなんや。限定品やし出来れば全キャラ集めたくて……」


「ほんとに好きなんだね。でも被りとかないの?」

「それはそれで、うちの部の皆が欲しい言うてて。譲るから大丈夫や」


「へぇ。良い人だね、木原さんは」

「こういうのは助け合いや、“同志”で協力せんと……」

「ははっそっか」



文化部でも、どうやら絆は堅いらしい。

それならもっと注文しとけば良かったかな。



「で、で! その、朝日様は大マジのどこ辺りが好きなんや?」



そして、彼女は目を輝かせて言う。

それを話す時だけは、彼女との距離が近くなったと思える。


嬉しかった。

『大マジ』様様で、俺は何もしていないんだけどさ。



「えっと、シーズン1だったら——」





「で、ツヴァイがちょっかい掛けてきた冒険者を黙らせたところとかカッコ良かったね」

「あそこは滅茶苦茶スカッとしたやんな。王子の肩書とか全く見せずに、腕っ節だけで分からせたもんな」


「うん。でもなんで魔法使わなかったんだろ」

「ツヴァイ様の魔法は特別な奴やから、正体バレん様に使わんかったんや。アニメじゃアレやけど原作じゃそう言ってたんやで」

「そ、そうなんだ」



木原さん、さっきから何聞いても返してくるから凄いな。

どれだけ『大マジ』を見てたのか分かる。


……原作が小説だってのも初めて知った。

どうやら小説から漫画化、更にアニメ化したものらしい。

俺はその一番新しいやつしか知らないから、情報の密度が違う。



「——お待たせしました、フードメニューです」

「ああ、こっちお願いします」

「! ど、ども……」



そして現れる色とりどりのメニュー。

ソーダフロートに、チョコパフェ。そしてナポリタンだ。


値段は高いけれど、その分——



「——なんか良いね、こういうの」

「そっ、そやろ?」

「見た後だとメニューの意味が分かるよね」

「な! 甘党のツヴァイ様やからパフェにソーダフロートなんやろな〜」

「ははは」



ああ、楽しいな。

こんな風に、自分が好きなものを、同じ好きな人と話せるのが楽しい。


今までこんなことあったかな。



「缶バッチは被った?」

「んー、一枚被ったなぁ。同志に一つ恵んであげよか」

「ちなみに誰が被ったの?」

「ツヴァイ様やで、もう三枚目やからな」

「え、愛されてるね」

「そうやろか〜んふふ」



笑う彼女を眺めながらソーダフロートを口にする。

口の中で弾ける炭酸と、クリームの甘みが広がった。



「……うん」



いつの間にか、釣られて頬が緩んでいた。

それに気付いたのは、彼女がこちらを見つめていた時。



「……!」

「ごめん。俺変な顔してた?」

「あっ、いや。何でもない……で」


「ん、そう?」

「……い、いや、そのな」


「?」



その時、彼女の表情が変わる。

明るいそれから、少し曇ったそれに。



「あ、朝日様は。その、時間とか、もったいなく無いんか?」

「えっ」

「こんなとこで、うちなんかに付き合ってもろて。他にいっぱい用事とか——」



——ピリリリリリ!



「——きゃっ!?」

「……あー、ごめん。電話——」



彼女の声を遮る様に、それは鳴る。


宛先。

そこには、確かに。



「っ」



しっかりと、表示されていた。



『大河原 泰斗』。



その名前が。

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