導き手
授業の時間が待ち遠しくなる時が来るなんて、中学の俺に言ったら信じてくれないだろう。
休み時間が来る度に、ただただ孤独を味わう。
苦痛だ。
やけに狭く感じる教室に、初めて居心地が悪いと感じて。
――キーンコーンカーン――
「――っし授業終わり! お前ら午後も頑張れよ~翔馬、分かってんな?」
「えっなんでオレっすか?」
「はっはっは、お前がよく寝てるからだろうが!」
四限の終わり。
社会の先生と翔馬の掛け合いに、クラスメイト達の笑い声が響く。
これも、いつもの事だ。
クラスの中心である彼に楯突いた俺は、こうなるのは当然か。
そう思えば、まだ諦めは付く。
「学食行こうぜ~」「お腹減った……」「急げって売り切れるぞ!」
食堂に向けて慌ただしく走る生徒、机の上で弁当を広げる生徒。
一気に騒がしくなる教室の中で、俺だけが一人。
「…………」
居心地が悪い時間を過ごす。
逃げるように触るスマホ、だが何もする事はない。
SNSに流れるそれを見ながら、情報を目的もなく入れていく。
「……朝日君さ、やっぱり……」「確定よね……」「……どうする、声掛けちゃう?」
ずっとクラスメイトの視線が痛い。
イヤホンを耳に入れても、それは消えないだろうから。
教室――椅子を引いて立つ。
「……!」
そんな中、見たくなかった“彼”が居た。
一人の俺を、笑いながら翔馬が眺めていた。
心配そうに見る美咲に自分が恥ずかしくなる。
「ッ――」
“こんなところ、居たくない”。
例えば、大自然の真ん中。
誰の目もない――そんな場所がやっぱり恋しい。
勢いのまま、教室から出る。
「……」
視線から逃れて、待ち望んでいた解放感が俺を包んだ。一人は辛いが、どうせどこでも一人ならこっちの方が良い。
でも――
「はぁ……」
出たところで、どうするんだ?
俺、昼休みは大体教室で翔馬達と居たんだよな。
……まあ。
このまま立ち止まってるわけにもいかない。
☆
「……凄いな」
学内をうろついて。
目についた学内掲示板を眺めながら、一息付いた。
さっきから独り言ばっかり言ってる気がする。
……秋の紅葉を見事に描いたそれは、ウチの生徒の作品らしい。
なんかの賞も受賞したとか。
こんなとこで油売ってる俺とは違う。
ま、どうせ昼ご飯は携帯食料だ。最悪食べなくても良い。
「このまま学内歩くか……」
人生の充実には散歩、とかどっかで見た気がするし。
歩く事は良い事らしいからな。
でもそんなのどこで見たっけ? 忘れたけど……。
とにかく、充実するらしいから。
もっと言えば、やっぱりこんな校舎じゃなく自然が見たい。
なんでかは分からないけれど、鮮やかな緑を欲している。
俺の足は自然とグラウンドの方に向いていて。
「……自然、自然……」
現代社会には、スマホが不可欠だ。
液晶をひたすらに眺めて、自然に目を向ける事なんて無くなってしまう。
だから俺が緑を求めるのは不自然ではないはず。
はず、なんだけど。
「何やってんだろ……」
さっきから自分の言動に不安を感じてきた。
精神やられてんのかな、俺。
「……」
不安を感じながらグラウンドに向けて歩く。
ここに来る事なんて、学校行事か体育の時ぐらいだと思っていた。
小さい頃は休み時間にサッカーとかしてたけど……あの時の体力は一体どこに消えたんだか。
「!」
校舎の入り口を抜けて、下駄箱に内履きを仕舞って、外履きを履いて。
あぁほんと何やってんだよ俺って、現れる疑問には蓋をして。
グラウンドに出た。
呆れるぐらいに良い天気。
雲一つない青空が、バカみたいにそこに広がっていた。
「……眩しいな」
9月中旬の、心地良い温度。
優しく降る日差しに慣れるまで目を細め、そこを歩く。
何者の視線も感じない。
同じ学校内だけれど、ここだけは教室とは全く違う空間だった。
不思議と、身体が軽くなった。
「自然、自然か――」
足取りも早く、それを見つける為にグラウンドを眺める。
鉄棒。幅跳び用の砂場。
400mトラック。
サッカーゴールに照明。
そして――
「! あんなでっかい木あったんだ……」
グラウンド、端。
聳えるように立つ大きな木。
学内のあちこちに木はあれど、あそこまで大きなものはない。
「……っ」
足早にそこへ向かう。
距離は遠いが、気にならなかった。
ただただ、それを間近で眺めたいと思った。
☆
「えっ」
そして、そこに辿り着いた時。
風で擦れる葉の音。
日陰の涼しい温度。
包み込むような大樹の香り。
“そんなの”よりも――
「柳さん……?」
木の幹。
そこに居る彼女が、俺をじっと眺めていた。
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