愉快な彼女

 

「「「……」」」



心構えはしていたつもりだった。

教室に入った瞬間、昨日までとは違う雰囲気だった。


こんなにも分かりやすいものなんだなと、内心思って飲み込んだ。



「おはよう」

「! おはよー」


「おはよ」

「お、おう……」



目が合ったクラスメイトと、挨拶を交わしながら自分の席まで。


教室の廊下際、一番前が俺の場所だ。

初めて、この席で良かったと思えた。



「――――チッ」



一番後ろ、露骨に俺を見て舌打ちする翔馬。

ドカッと大きく足を開いて座り、スマホを見る彼。



「――朝から気分悪ぃ……なぁ美咲は?」

「この時間は朝練だろう」



本を片手で持ち、勉強する泰斗。



「でも今日遅い~。朝練じゃないの~あっ来た!」


「おはよ真由。どうしたの?」

「え~用がなきゃ話したらダメなの~」

「そ、そういうわけじゃないけど」

「真由ってホントノリで生きてるよなーオレは好きだけどよ」

「は~? ちゃんと考えてますし~」

「あ、あはは……」



翔馬の横の席に美咲が座り、困った様に笑う。

翔馬、美咲、泰斗。

彼女は彼らに挟まれる形の席なんだ。



「……」



ちなみに俺の隣席は真由。

大体美咲のとこに行ってるから、当然空席になる。


これまでは俺も“あそこ”に居たから、気にならなかったけど。



「美咲は真由のことそう思ってないよね〜?」

「う……うん」

「フッ、どうだろうな」

「ハハッ真由は頭空っぽなぐらいで良いんだよ」

「ひど〜い!」



それは、まるで“いつもの”四人。

聞きたくなくても聞こえてくる声は、どうあがいても耳に入る。



「「「――」」」



そして俺を眺めるクラスメイト。

普段話さないクラスメイトも、その違和感には気付いている。


なんで俺があの中に混ざらないのか?

翔馬の俺を見た後のあの態度は?


カーストトップから“追い出された”――そう勘付かれている。



「……はぁ」



誰にも気付かれない様に、小さくため息を吐く。

本当に、居心地最悪だ。



「?」



また憂鬱な気分になりかけた時。

目が覚める。

横から――刺すような視線。


反対、窓際。



「…………」ジー

「!?」



そして目が合った。

柳さん、めちゃくちゃ俺の方凝視してるんだけど。


ちなみにまだ教室には、鈴宮さんも木原さんも居ない。

だからか、彼女一人だ。



「……」ジトー



こ、怖いって。

なんだ? やっぱり俺に恨みでも抱いているのか?


バーベキュー中、3人に混ざったのも。

俺のせいでカラオケ中に翔馬が乗り込んできたのも。

恨まれる理由なんて思いつく限りでも沢山ある。



「……」ジトォ



と、言っても。

だからってこんな見られることある?


何となく、柳さんは話しかけにくい。

基本無口だからか、こっちが話していいのか分からない。怖がらせたら嫌だし。


ただ見られるだけってのもきつい。初めての経験だ。



「……」プイ



そしてようやく、彼女はこちらを見るのを止めた。

ついつい動向が気になって、今度はこっちが見てしまう。


ガサガサとカバンを漁る彼女。

HL前だが、授業の準備でもしようとしているのだろうか——



「え……っ」



思わず声が出た。

彼女が手に取ったのは、地理の教科書だった。


今日の授業科目、それはないのに。

自信満々(?)に教科書を開く彼女。



「」チラッ



あれ今こっち一瞬向いた? 

気のせいか――



「……?」



と思ったら、次は生物の教科書を読み始めた。

動物達と鮮やかな森林が目を引く表紙のそれだ。

あと今日の授業科目……生物はない。


えっ俺が間違ってるのか?

……大丈夫、今日は木曜日だ。



「」チラッチラッ



いや、やっぱ見てるよな俺の事。

と思ったら、また教科書仕舞ってるし……。


今度はなんだ?



「えぇ……」



気のせいか、見せびらかす様に取り出した本。

『“歩く”がもたらす100のメリット ~人生の充実には散歩をしろ!~』


もはや教科書でもなんでもない。

自己啓発本だ。それも結構デカいやつ。


柳さんって、今更だけどめちゃくちゃ変わってるのか……?



「」チラチラチラ



で、今回もめちゃくちゃこっち見てるし。

もう確定だよこれ。


一体何なんだ……と思ったけど、俺が彼女を見ているから彼女もこっちを気にしているのかも。

気付けば柳さんの言動に釘付けになってたし。


ああもう何やってんだ俺は……あっまた本変わってる。

次は『世界の絶景~魅惑の大自然編~』だった。

なんか面白くなってきたな。次は何が――えっまた地理の教科書?





――キーンコーン――



「!」



そして、鳴る予鈴。

ハッとする。見たらダメだって思ってたのに、ずっと目で追ってしまった。


アレから彼女は凄まじいスパンで本を読んでいた。

多分『地理』から『世界の絶景』まで3周ぐらいしてたんじゃないかな。


……変わってる子、と言うにも変わり過ぎてる気がしてきた。



「――おはようヒメちゃん!」

「おはよヒメっち」


「」ペコ



入ってくる鈴宮さんと木原さん。

変わらず無表情の彼女の心中は、未だに全く分からないけど。



「——えっ何その本」

「変な本読んどるなぁ……」



彼女のおかげか、居心地の悪い朝の時間は忘れられた。

それだけで柳さんには感謝だ。










270:名前:249

ちなみに成功確率は3%


271:名前:名無し

低すぎだろ……



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