第2話 ならず者、勇者になる
石畳の地面、レンガ造りの町並み。少し離れたところには大きな畑に水が流れている。いわゆる中世ヨーロッパのような風景に俺は心躍らせる。
ガヤガヤとした喧騒が漏れている、れんが造りの大きな建物の目の前に出た。
あのマントの群れは魔法使いか?
あ、耳が長い美形!あれがエルフだろうか?
すげぇ、すげぇ!ほんとに転生しちまった!!
そんな風に町を行く先もなく、ぶらぶらとした。
何もかもが新鮮に映る、この世界を見て回ってーー
夜を迎えた。
そもそも閻魔とかいう怪しい奴に犬死要員として異世界に送られた俺は、普通にショックを受けて活力がなくなっていた。
もはや転生した時の元気も体力もない。
てか、俺どこにギルドがあるかもわかんねーし、そもそも自分から村人に話しかけられるような肝も据わってない。
こちとら引きこもりだぞ
それに、もちろんこっちの通貨などあのロリ閻魔が持たせている訳もなく、今の俺は無一文・・
もう空腹も限界・・
え、俺死ぬんじゃ?
嫌嫌嫌嫌!
仮にも勇者候補が空腹で死ぬなんてダサすぎる!
けれど何か案を出そうにも空腹のせいで頭が回らない。
初日にして息詰まった俺は、頭を抱えてしまう。
「誰かー、養ってくれぇ・・」
その時だった
「お兄さん、お兄さん」
不意に声をかけられ、顔を上げると
風になびくサラサラとした淡い赤色の長髪を耳にかけ、その大きな瞳と伸びたまつげ、眩しいほどの白い肌を携えたアニメのキャラのように非現実的な美しくさと大人っぽい雰囲気を醸しだしている女性がこちらを覗き込んでいた。
「お腹空いてるの?これ上げるわよ」
そう言ってパンと牛乳と俺に渡してくる。特にお金をせびってくるような雰囲気もないので俺は素直にそれを受け取って、口に詰め込み、流し込む。
「助かったよ・・ありがと」
「どういたしまして」
そう微笑む彼女は俺より何個も大人びて見えた。
その笑みが恥ずかしくておれは顔を赤くしていると、彼女はコホンとわざとらしく咳払いをして
「私はフィレン。訳あってここにきてるのだけど、あなたお金に困ってるのかしら?行く当ては?」
「諸事情で、どちらもなしって感じなんだよな」
あのクソロリ閻魔め・・!
俺がイラつきに任せてワシャワシャと頭をかいていると
「なら、私についてきなさい」
「え?」
「ほら、早く早く!」
強引にフィレンに腕を取られ、俺は抵抗もできず、ついていった。
年上の綺麗なお姉さんに手を取られ、小風な街をかけるその様子はまるで物語の一ページのようで
まるで勇者の物語の幕開けのようで・・!
俺の転生成り上がりはここから始まるんだ!!
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「ソウター、埋め終わったかしら?」
畑の泥に足を突っ込んだフィレンが遠くから叫ぶ。
そう、畑である
俺に意外なスキルがあったとか、昔の勇者と瓜二つだとか、そんなありきたりなイベントをすっ飛ばして、畑である。
フィレンに連れてこられたのは畑の近くにある道具置き用の倉庫の脇だった。
そこにあらかじめ置いてあった、バレーボールをひと回り小さくしたくらいの変な縞々の気味が悪い模様をしている卵をフィレンに渡され、今ちょうど畑の地面に埋め終わったのだ。
「終わったよ。ったく、なんで俺がこんなことを・・。しかもよくわかんねぇ人のために」
「はい、お疲れ様。まぁまぁ、働いてくれた分の銀貨三つ分は払うわよ。ご飯いきましょうか」
「フィレン様、ありがとうございます」
「い、いいのよ!?だ、だから、ソウタ?こ、これからもそ、そのフィレン様って・・」
急に惚けだし、体をくねくねとさせるフィレンを無視して、もらったタオルで汗を拭きながら俺は歩き出す。
途端にこの人のダメな部分が見え隠れしてる気がするんだが・・
フィレン様、フィレン様。と小声で反芻しては気味の悪い笑いをしているフィレンと共に教えてもらったギルドの場所に辿り着く。
大きな扉を開けると、ガヤガヤと楽しげな声で溢れている。
「今日はこの村にとって大切な日だからね。みんなハメを外して飲んでるみたいね。あそこに座りましょうか」
お酒の様なものを一気飲みしている屈強な男たちの間を縫って俺とフィレンは適当な席に着く。
ようやくご飯にありつけることにワクワクしていると
「ご注文はお決まりでしょうか?」
かわいらしいエプロンを身に着けた同じ年ほどに見える女性店員がやってきた。
「ホーンラビットの唐揚げを一つ」
「他には?」
「以上で」
「・・他には?」
「・・以上で」
「チッ」
店員さんはそそくさとキッチンに戻っていった。
え、怖。
今明らかに舌打ちしたよな?
「今のって・・」
「しょうがないわ。一番安いメニューだもの」
口調は普通だが、遠くを眺めるフィレンは傷心している様にも見えた・・
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「はい」
ダンッ!!っと叩きつけるように置かれた皿には四つの唐揚げのようなものが置かれていた。
「さ、食べるわよ!」
「いただきます!」
俺は両手を合わせるより先に、唐揚げを頬張る。熱々の肉汁が痛いがそれでも、空腹も手伝ってか、ジューシーな唐揚げは一瞬にしてなくなった。
「いやー美味かったな。悪いな、奢ってもらって」
「いいわよ。手伝ってもらった身だしね」
上品に持っていたティッシュで口を拭いているフィレンに恐る恐る言う。
「あの、催促するみたいで悪いんだが、報酬の銀貨をだな」
「ないわよ」
「は?」
「銀貨三枚は、もう私たちのお腹にあるんだもの」
「あのよくわかんないウサギの唐揚げが・・・?」
嘘だろ?俺の宿代は?明日の食事代は?
・・・
目の前のフィレンは丁寧に口元を拭いていた紙を畳み、机の隅に置いて可憐に目を伏せる。
「お粗末様でした」
「今すぐ吐き出せこのヤロォォオオ!」
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軽く取っ組み合いをしたのち、俺とフィレンはギルドを出た。本格的に夜になり、外は先ほどよりも賑やかだった。これからどうしようかとボーッとフィレンについていっていると、人気ひとけのないところに来ていることに気がついた。
さっきの畑だ。
様子でも見にきたのだろうか
フィレンは卵を埋めた箇所をジッと、見て
「うん、大丈夫そうね。・・・コレで明日にわ・・・フフ」
小声で、ニヤリと笑うフィレンはまるで、勝ちを確信した悪役のようで・・
その時
ドンッ!!と地鳴りのような音がした。
次の瞬間には、隆起した畑の土からまるで食虫植物のようなモンスターが姿を表した。
「な、なんだあれ!?」 「なんで今ッ!?」
思いがけない光景に俺たちが困惑していると、ふと遠くから村人の声が聞こえてきた。
「あれ、マンイーターじゃない!なんでこんな辺鄙へんぴな村に!?」
「敵襲だ!魔王軍の侵攻に違いない!!」
魔物?魔王の侵攻?
てことは、こいつ・・
「お前、魔王軍じゃねーかぁぁぁ!!」
「てへぺろ!」
フィレンは舌をチラリと出して頭を小突くポーズをとっている。憎たらしい
とりあえず、こんなやばい奴とは別れよう。魔王軍何かと関わりたくない。俺は平穏に暮らすんだ!
「っけねー!俺用事忘れてたわ!今日はありがとな、今日限りで別々の道に進むだろうけど、またいつk」
「今日のご飯代、誰が出したのかしらね・・・!」
「いやいや!ってい、痛い!ハナセ!!元は俺の報酬だったからっ!てか魔王軍と旅とかしたくねーよ!!」
「いいのかしらね、私に逆らって?」
「は?」
カノジョは顔を伏せ、低い声で脅すように言ってくる。
「もしここであらぬ事を叫んで、あなたを冤罪で葬る事だってできるのよ?」
このクソ野郎!とんでもねぇカスじゃねーか!!
必死になりすぎて初対面の時に宿していた清楚なお姉さんの雰囲気はどこへやら。フィレンは力強く俺を引き寄せ、俺の耳元で囁くように勝ちを確信しているようにフィレンは笑みを浮かべながら
「いい?もうあなたは共犯なの。ここで人生台無しにしたくなかったら、どうすべきかわかるわよね?あなたは私の配下について、一緒に大悪党を目指すの」
フィレンは小さく息を吸ってつぶやく
「わかる?」
「うぐぐ・・」
フィレンのニヤリとした余裕の表情を見て一層俺はやり場のない怒りとやるせなさが込み上げていた。
その時
俺たちに向かってマンイーターは特徴的な長い長いツルを鞭の様にしならせ、叩きつけるように攻撃をしてきた。
強く地面を叩く音と振動をすぐそこで感じ、なんとか命が助かったことを実感する。
砂風を防いでいた腕をほどくと、土煙で前が見えなくなっていることに気づく。
騒ぎを嗅ぎつけたのか、街中にいた人までも集まってきている。
「おい、逃げようぜ!」
俺はいうや否や、涙目敗走を実行する。
面倒ごとは他のやつに押し付けよう!
魔王軍?魔物?知らねーよ!!俺は不自由なく、第二の人生を謳歌するんだー!!
そう思った瞬間、見えないうちに伸びてきていたらしいツタに足を取られ、俺は吊し上げられた。
「助けてくれぇぇー!」
「ソ、ソウタ!?」
うえ、視界が逆転して気持ち悪い・・
早く助けてくれ!
そう思いフィレンを見ると
フィレンは戸惑った様相を見せている。何かぶつぶつと考え事をしているようだ。
きっと俺を助けるための手段を模索して・・・
「ソウター!私との約束守ってくれるかしら?なら助けてあげないこともないわ!!」
「守る!守らせていただきますフィレン様!!」
必死に命乞いをしようとお腹に力を入れた、その時
「おえぇ、さっきの唐揚げが・・・」
「絶対助けるわ!」
消化途中の唐揚げが胃液と共に逆流してくるのを感じる・・・おぇぇぇ!
フィレンは目を瞑り、両手を胸の前に突き出して力を集中させている。
さっきまでとは顔つきが、真剣になっている。
次の瞬間にはその大きな目を見開いて、力強く叫ぶ
「『ライトニング』!」
両手から放たれた閃光は、俺を掴んでいた魔物の胴体を貫き、マンイーターは一瞬にして死んでしまった。
フッとツタの力が抜けたせいで、俺は真っ逆さまに落っこちる
「いやぁあぁあああ!」
ストンと、フィレンは空中で軽やかに俺をキャッチする。
「大丈夫だから。安心して」
え、かっこいい・・
ふわりと地面に着地すると、俺はフィレンから降りる。
周りを見れば、気付かぬうちに騒ぎを嗅ぎつけた村人が集まって出来た群衆がこちらを見ている。
その中の1人のお爺さんが、俺たち、嫌、フィレンに向かってゆっくりとさす。その口は、驚愕したのか、ひどく震え
ていた。
「ゆ、勇者様が現れた・・!」
「予定より早くない!?」
「あんなでっけぇ魔物を一発で!?」
おじいさんを皮切りにまるでヒーローショーを見ている子供の歓声のように口々と、俺たちを囲む群衆が叫び出す。
ライブ会場の様な声援に、フィレンは高らかに片手を上げて、一身に視線を集める。
満月の光を受け、美しく輝く魔王軍の彼女は声高々に
「私はフィレン!私たちは伝説の勇者の意志を継ぐもの、もう魔王のいい様にはさせないわ!!」
「「おおーーッッ!!!」」
村人たちは、彼女の名を叫び、羨望の対象となったフィレンは、それはもう恍惚な顔をしていた。
・・・あれ、俺は?
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