第二節 即位の儀
第二十六話
即位の儀が行われる。
大祭殿は美しい流線型の天へ昇るような建築物で、屋外の舞台があり、そこで
舞台に進んだ清原王が、美しい薄青の和紙に文字を書き、そして詠唱する。
生まれしし神のことごと
春の野は花の咲きける
夏の野は草の繁れる
うまし国
天から、光の粒が降って来た。
白く銀色に光りながら、ゆっくりと。
ユキヤナギの花も一緒に舞い、辺り一面、淡い輝きで満たされた。優しくゆらゆらと揺れるその光は、世界に吸い込まれ、また人々にも吸い込まれて行った。
そして、無数のユキヤナギの花と光の粒が雪のように舞い降り続け、それは、
「お見事です」
後ろに座っていた
「この何代か、このように、祝詞が天に届くことはありませんでした。……素晴らしい!」
感嘆したように、
「ところで、ご懐妊されたそうですな。――おめでとうございます」
嘉乃は「ありがとうございます」と言いながら、そっとお腹に手をやった。
「即位に懐妊。なんともめでたいことです」
嘉乃は、お腹に手をやりながら、物理的にも心理的にも遠くにいる、本当の父のことを思った。それから母のことも。弟や妹のことも。わたしは、産んだ子を家族に見せることも叶わないのだ、と思った。
それでも、降り注ぐ淡く優しい光を見ていると、そして舞台の上の
運命の子を産む、運命の娘よ。
予言の神話にうたわれている、白い髪と金色の瞳を持った力の強い王の魂が、近いうちにお前の身に宿ることだろう。
運命の子は、この世界の不調を一新し、かつてない豊かで美しい国へと導いてゆく。
お前は、繁栄をもたらすその運命の子の、母となるのだ。
夢の中で聞いた声が、嘉乃の中で思い起こされた。
すると、ユキヤナギの小さく白い花が嘉乃の周りで沸き起こり、嘉乃を取り巻きお腹の辺りで円を描いて舞った。
いま、このお腹にいる子どもが運命の子なのだ、と、嘉乃ははっきりと自覚した。
白い髪と金色の瞳を持って生まれるのだろう。
嘉乃の目に涙が滲んだ。
まだ生まれてもいない子どもの、苛酷な運命を思って。
そのとき。
嘉乃は強い視線を感じて、その方を振り向いた。
「気にすることはありませんよ」
「これほど素晴らしい即位の儀を見せられては、どうしようもありません」
――そうだろうか?
嘉乃の中にあった、不安の種はそっと芽を出したように思った。
辺りは一面、光の祝福で満ちていた。
しかし、嘉乃は何か黒い予感がして、光に満ちた今のこの空の向こうに、黒い翼が
嘉乃が恐ろしさに躰を震わせると、お腹がぽこんとした気がした。
嘉乃はお腹を撫でた。何度も。
――だいじょうぶ。守ってあげるから。
ユキヤナギが花の数を増して、嘉乃を取り囲んだ。
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