第二節 真澄鏡

第十八話

 嘉乃よしのは、名木なぎたちといっしょに、村の成人の儀に参加していた。

 村での成人の儀は質素なものだった。普段より少しきれいな着物を着て、村長むらおさの言葉を聞き、それから真澄鏡まそかがみの前に立つべきものは、立つ。その後、みなで御馳走を食べるのだ。みな、御馳走を楽しみに、成人の儀に臨んでいた。


 真澄鏡まそかがみは古くて由緒ある鏡だった。

 各村にあり、ご神体のような存在だった。いにしえに天よりもたらされた、という伝説があった。文字の能力のあるものが、その前に立つと象徴花しょうちょうかが降って来るとのことだったが、村の人間でそのような現象を見たものは一人もいなかった。六家りっかの血が混じったものは成人の儀に際して、真澄鏡まそかがみの前に立つことを一つの行事のように行っていた。しかし形骸化していて、象徴花しょうちょうかが降るとは、ほとんど誰も思っていなかった。


 だからもちろん、名木なぎと一緒に真澄鏡まそかがみの前に立った嘉乃も、象徴花しょうちょうかが降るとは想像もしていなかった。名木なぎが先に真澄鏡まそかがみの前に立って、それから嘉乃が立った。


 一瞬、真澄鏡まそかがみが光ったように、嘉乃は思った。

 しかし、象徴花しょうちょうかは降らなかった。

 立会人を務めた村長むらおさが、「では、御馳走だな」と言ったので、名木なぎも嘉乃も、そのままその部屋を出ようとした。

 そのとき。

 嘉乃は呼ばれた気がして、立ち止まって振り向いた。

 村長むらおさ名木なぎも既に部屋から出ていて、真澄鏡まそかがみがある部屋には、嘉乃しかいなかった。


 振り返って真澄鏡まそかがみを見ると、ふいに、小さな白い花がふわふわと舞った。

「え?」

 嘉乃は小さな白い花を手にとった。

「ユキヤナギ? ――どうして?」

 ユキヤナギは、ふわふわと舞い、嘉乃を取り囲み、渦のようにぐるぐると回った。

 ――声が、嘉乃の頭に響いた。



 運命の子たる予言の王を、産み給ふ娘よ

 運命の相手と象徴花しょうちょうかを共有し、

 栄えたる瑞穂の国のいしずえとならん

 


 予言の王を産む?

 運命の相手と象徴花しょうちょうかを共有?

 このユキヤナギ?



 ユキヤナギは、嘉乃の周りをぐるぐると何度か回ったあと、ふっと消えた。

「嘉乃―! 何しているの? 行くよー!」

 名木なぎの声が聞え、嘉乃は急いで部屋から出た。真澄鏡まそかがみが、またきらりと光ったような気がした。そのとき、あの声がもう一度聞こえた。



 運命の子たる予言の王を、産み給ふ娘よ

 運命の相手と象徴花しょうちょうかを共有し、

 栄えたる瑞穂の国のいしずえとならん



 運命の相手と出会い、運命の子を産む? わたしが?

 瑞穂の国のいしずえとなる? わたしが?

 象徴花しょうちょうかを共有って、何のことだろう?

 運命の相手の象徴花しょうちょうかがユキヤナギってこと?

 運命の相手? って誰だろう?

 象徴花しょうちょうかを持っているということは――



「嘉乃!」

「ごめん、いますぐ行く!」

 駆けてゆく嘉乃の背中で、小さな白い花がふわりと舞っていた。



 嘉乃はこの出来事を誰にも話すことが出来ないでいた。誰にも言ってはいけないことのように感じていたのだ。

 家に帰り、文字の力があるか試してみたけれど、文字の力はないようであった。

 しかし、その後、何かの折に、小さな白い花がユキヤナギが、ふわりと舞うようになった。

 嘉乃は、その小さな白い花を見るといつも、真澄鏡まそかがみの前での出来事を思い出した。まるで、忘れるな、真実だ、と言われているように感じた。そしてそれから、同じ花を見ているはずのもう一人の誰かのことを思った。いったい、どんな方なんだろう?

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