色褪せない記憶
風除けのための重い扉を開けると、ゴミ箱が並んだ壁際にスマホの画面を睨みつける月岡の姿があった。
「月岡さん」
気づかない。何やらぶつぶつと独り言を言っている。
「月岡さん!」
やや大きめの声でもう一度呼びかけると、「おぉ!」と驚いたような声とともに彫りの深い顔が向いた。
「来たか、吉良」
「はい。お待たせしました。何やってたんですか?」
「何って。決まってるだろ」
スマホの画面を見せてくる。鮮やかな色が飛び交う画面に映っているのは、シュークリームやケーキやプリンなどお菓子ばかりだった。よく見ればお店の名前が載っている。
「なっ。秋だから新作がいくつも出てるんだ。どれにしようか悩んじまうだろ」
同じ悩むならお店でメニューを見ながら悩めばいいのでは、と喉まで出かかった言葉を呑み込むと、吉良は手元の時計を見た。
「そんなに時間がないですから、行きましょう。結果がわかったんですよね?」
「……ああ。だがちょっと待ってくれ。まだ何を食べるか決めていない」
「…………ええ?」
──結局、シュークリームとモンブラン、栗かぼちゃのプリンが青磁のコーヒーカップの間に挟まれてテーブルに並び、秋色を演出していた。全部食べるのか、などと無粋なことは聞かない。ただ、きっとこの人の食生活は偏っているのだろうなと吉良は思った。
「それで赤ん坊の件だが、内田紗奈の両親が引き取ることで決定した」
モンブランの頭に乗った栗に銀色のフォークが突き刺さった。吉良はコーヒーを啜る。雑味のない深いコクのある苦味が滑らかに舌を転がっていく。
「それは、よかったです」
「本当か?」
真ん中にフォークで切り込みが入れられる。二つに分かれた片割れが大きな口に放り込まれた。
「ええ。引き取り手が見つかったことは嬉しいことです」
「あの親に預けるんだぞ? つまり子育てをしていくわけだ。一からな」
あっという間にモンブランはなくなり、栗かぼちゃのプリンへと移る。月岡はどう食べようか思案するかのように、スプーンを回した。
「良い人達だと思います。亡くなった少女を大切にしていたのは、病院で会ったときに痛いほどわかりました。……でも、月岡さん。かといって問題がないと思っているわけではありません」
「問題だらけだろ。何かの拍子でどう転ぶのかわからない。あの子が近くにいる以上、あの両親の記憶はいつまでも色褪せない。後悔は死ぬまで付き纏うぞ。子育てにどんな影響があるか」
月岡は硝子の器の深くまでスプーンで掬い、生クリームをたっぷり乗せたプリンを口一杯に頬張った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます