あやかし封じ

 かじられる──無意識のうちに目を瞑ったそのとき。乱暴に扉が開け放たれた。


「なに、やってんのよ、吉良!」


 飛び込んできた声はやけに冷静だった。あやかしを対処できる術を持っているゆえかもしれないが、きっと元々の性格もあるのだろう。


 恐る恐る開けた視界の端に、清浄を示すような白い袖口がはためいた。


 陣が展開される。もはや牙のようにも見える歯を剥き出しにしていた餓鬼憑きの動きが急に止まった。


 掴んでいた手の力が抜けたことですかさず吉良は腕を引き抜き後ろへと下がる。皮膚が破れ流れ落ちる血をもう片方の手でぐっと抑えると、顔を振り上げる。 


 餓鬼憑きは苦しそうに声を上げたのも束の間、すぐに力を失い後ろ向きに倒れていった。


 月岡はその体を抱き止めると、数秒間白坂の顔を凝視し続けた。裂かれたように耳元まで大きく開いた口は元の形の良い口へと変わっていき、燃えるような瞳は眠りに落ちるように閉じていった。頬が赤みと膨らみを取り戻し、豊かな黒羽色の髪の毛が月岡の腕にかかる。


 手のひらを突き出すように真っ直ぐに伸びていた沙夜子の細腕がゆっくりと床に向かって下がった。


「もういいわ」


 止まっていた時間が動き出したかのように、月岡は白坂をベッドへと横たわらせる。まだあどけなさの残る顔立ちをまじまじと見つめると、乱れた前髪を直した。


 吉良は大きく息を吐き出した。


「油断は禁物よ。いつも言ってたじゃない」


「油断していたわけじゃありません」


「でも、不用意に近付いた。逃げるにしろ立ち向かうにしろ、必ず対処法は考えておかないと。その結果が手の傷でしょ?」


 言われてもう一度手首を見る。血は収まりかけているが、強く握りしめられた部分が内出血して青くなっていた。


「で、なんでお前がここにいるんだよ?」


「勘よ。あんたのとこの若い刑事があちこち動き回ってるみたいで鬼救寺まで来たから、何か進展があったんだろうなって。後は、吉良が行きそうなところを考えてここに──って感じ」


「GPS要らずだな。末恐ろしい勘だ」


 白坂に布団をかけると月岡はベッドに吊るされたナースコールを押した。


「体の負担が心配だ。医者に来てもらった方がいいだろう」


「それはそうね。……でも、どちらにしても時間はないわ。吉良」


 射抜くような目が吉良に注がれる。その目で見られると肩に力が入ってしまうのは変わらなかった。


「今回の始まりとなった場所は突き止めたんでしょ?」


「ええ。白坂さんの話とその様子から断定できました。場所は──」


 複数の慌ただしい足音が近付いてきて、急に外が騒がしくなった。吉良も沙夜子も口をつぐむと、月岡だけを残して看護師と入れ替わるように病室を後にした。 

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